オマケ


適度に酔うというのも、案外悪くないものかもしれない。
日頃隙を突かれてはと、酒を口にしても理性を無くすなどといった
みっともない真似はせぬようにし、状況上シラフでいることが許さ
れぬような場合は、酔った振りをして過ごしていたが今はどうも
本気で足元が覚束ない。

舗装された道の感触は硬固なものであるのに、どこかふわふわと
していて、なんとも楽しい。
まっすぐに歩いているのに、視界が揺れるぞ面白いと振り返って
笑ったらなぜか身体がそのまま傾いで、慌てて差し出してきたハボ
ックの腕にそのまま凭れこむ形となった。

「…視界がじゃなくて、アンタの体そのものが揺れてるんスよ
ほーら真っ直ぐ立ちましょーね」
…受け止めてくれたことを感謝はするが、なんだその子供をあやす
みたいなしゃべり方は。
大きな掌が両脇を掬い、背筋を矯正するかのように上へと引っ張る
のも、体格差を強調されてるかのようで不快だ。
だから、意趣返しにわざと全身の力を抜いてハボックの両手に
負担がかかるようにすれば「あっ こらわざと!」と焦った様子で
腕をそのまま縮め、ハボックは私がしゃがまぬよう抱き上げてきた。

背中越しの暖かさと、周囲から遮絶されすっぽり収まっていられる
空間は心地好い。
その気持ちの良さを表現したくて、ハボックの腕の付根辺りに頭を
すりっと寄せたら、なぜかハボックの動きが一瞬強張った。

動揺しているのか、面白い。日頃上司を上司と思わぬ言動で私を
からかっているのだ…もう少し驚かせてやれと更に体を密着させ
たら、ハボックが小さく吐息をついたのが解った。
「アンタ…わざとやってるんスか」

図体のでかい男が、困惑しているというのはどうも可愛いものだ。
首を捻って見上げれば、ご主人様においてけぼりにされた犬のよう
にまっすぐ私を見詰める青い目があった。
もっと近くで見たくて、体を反転させハボックの襟元を掴んで背伸
びをして、顔を近づける。
「んー…?おまえの目、昼間の青とは違うけどきれえだなぁ」
光によって色を変えるビー玉みたいで、とても好きな色だ。
なんだか宝物をみつけたみたいで、嬉しくなってハボックの胸板に
顔を押し当てくすくすと笑っていたら、今度ははっきりと大きな
溜息が上から聞こえた。

「…ワザとじゃないならないで、タチ悪いっスよアンタ…」
確かにハボックに凭れかかったりしたのはわざとだが…酔っ払いと
しては普通の行動ではないか。性質が悪いとは、聞き捨てならん。

「いや…だからそうじゃなくって……そういう潤んだ目が反則っつ
ーか 色々俺には厳しいって言うか…」
「…意味がわからんぞ」
「ああもうっ そうやって首を傾げたりしてるのがアンタ年相応
に全然見えないんスよっ!だからもうちょっと色々警戒して……」
「なんで お前といるのに警戒せねばいけないんだ」
「いやだから その無条件の信頼がいつか牙剥かれたりとかって…
いや、その、俺は大丈夫っスけどね!」

ハボックが何を言ってるのか理解できなくて、じっと顔を見詰めて
いたら慌てた様子でハボックは大きく手を振って、今度は己の言動
を否定しはじめた。

……結局、コイツは何が言いたいのだろう。
よくわからないが、なんだか考えるのも面倒だ。ハボックはあった
かいし、頼れるしこのまま体を預けて目を閉じても大丈夫だろう。

「…って!言ってるそばから無防備に寝るなー!大佐ってばっ」
頭上での声は、聞こえないことにする。
私はこのまま気持ちよい眠りに、素直に落ちていきたいのだ。
「…もう知らないっスよ 俺だけのせいじゃないですからね」
…ハボックの声がいつもより低く、耳朶近くで囁いた台詞はどこか
不穏なものを纏っているように感じるが……まあ気のせいだろう。

よくわからないが、返事だけはしておいた方が良さそうだと眠気に
陥る寸前に振り絞った声は、「ぅん…」という小動物の鳴き声みた
いなもので、ハボックにまた大きな溜息を一つ招いたようだった。






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Y木さまが お話ここで終わり…?とコメントくださったので続き書いてみました
ロイが素直になってもやっぱりハボは苦労するという結果になりました