幸せなヤツアタリ


ハボックの現在の心境を言い表すなら、理不尽の一言だった。
久しぶりの二人揃っての休日、差し込む朝の陽光に心地良い睡眠から先に
目覚めたハボックが、朝食を用意しロイの様子を伺いに来たのが数分前。

昨晩も無茶させちゃったからまだ起きねえよなと、幸せにだらしなく緩む
頬を自覚しながら、音を立てぬようゆっくり寝室の扉を開けたハボックの
予想に反し、恋人且つ上司である人物は既に目を覚まし、ベッドの上に
鎮座していた。

ロイの眉間に刻まれた皺が深いことで、自分と正反対の気分でいるらしい
と察したハボックが小さく首を傾げた。
深い睡眠に陥ることが多いロイは、こちらが無理やり起こすと大抵不機嫌
になるが、自分から目を覚ました場合はほわぁっとした無防備な顔でいる
ことがほとんどだ。

「えっと ひょっとして俺起きる時どっか大佐にぶつけちゃいました?」
「……ぶつけてない」
むすっと返すその声はやはりかなりのご機嫌斜めオーラを放っている。

「じゃあ 何で怒ってるんスか…なんか俺が悪いコトやっちまったんなら
謝りますから きちんと言ってください」
今日が休日だと言うので、昨晩は普段我慢しているあーんな事やこーんな
事をしでかしたのは事実だがそれは初めてではないし、言葉にすれば問答
無用でロイの拳が飛んでくるだろうが、ああいった場面での「いや」を
無視したり揶揄したりは恋人達のお約束で、互いに本気での否定や強制
ではない…筈だとハボックが胸内で呟いてみても、事態は変わらない。
「……別にお前は 悪くない」
「そんな御不興丸出しに言われても こっちは引けませんって」

暫くロイのその様子を眺めていたハボックが、自分に疚しい点はないはず
だと大股でベッドに近寄れば、ロイは慌て掛け布団を引っ張り、頭まで
潜り込んでしまった。
子供かと思いつつ、たまに見せてくれるこういう素顔が堪らなく好きなん
だよなあとハボックは苦笑する。

「たーいさ? 答えてくれないなら実力行使に出ますよ」
「………」

明らかに聞こえてるはずなのに、ミノムシみたいに丸まったロイの返答は
無言だった。
それではと布団の隅から掌を潜り込ませると、ロイの体はますますぎゅっ
と小さく縮こまる。
高価な布団を引っ張ってダメにしてしまっては後味悪いし、かといって
このままの攻防を続けていたのでは、せっかくの休日が台無しだ。
いっそ布団ごと抱きかかえて、リビングルームまで運んでやろうかとハボ
ックが画策していると、ようやく布団の奥から小さな声がしてきた。
「………お前が……髪の毛は長い方がいいとか胸はスイカとまでは言わ
ないけどメロンぐらい欲しい、せめて桃ぐらいとか 私の知らない女を抱き
寄せながら言うから………」
「…は?」
気心知れた上司部下の間柄として、好みの女性談義をしたことは何度も
あったが、幾らなんでもその場に対象たる性別を持った人物がいた例は
無いはずだ。一応ハボックにだって、ロイ程ではないがそれなりの女性へ
の気遣いを持ち合わせている。
「俺が?いつ??っていうか仮に酔ってやらかしたとしても何で今更?」
疑問符を沢山並べたハボックの質問に、ロイは聞き取れるか取れぬかの
細い声で、小さく呟いた。
「……昨晩」
「……え 昨日は二人揃って職場から直帰したじゃないスか どこでそんな
やり取りしましたっけ?」
「…私の夢の中でだ!」

「………何スかそれ……」
「だからっ!私は先にお前は悪くないと言ったっ」
怒りよりその理不尽さに脱力したハボックが肩を落とすと、ようやくロイ
は布団から顔を出し頬を紅く怒鳴った。
視線を合わせず、そっぽ向いたままなのは流石に自分の行いが道理に
合わないヤツアタリでしかないと、自認しているのだろう。

「…ック………」
俯いていたハボックから呻きに似た声が洩れ、その肩先が僅かに揺れて
いるのを見取ったロイが、恐る恐ると指を伸ばした。
「な、何も泣くことは……」
「…ック…クククッ…」
「ハボ?」
「ぶはっ……夢ってっ夢でって…腹痛ェ 子供のワガママですか ハハッ
苦し…あはははマジ腹筋が……もう我慢できねぇっ」

大笑いしながら、ロイが伸ばしてきた腕を、鍛えた指が捉え引き寄せる。
ぽふっと軽い音がして、厚い胸板に頬をぶつける形になったロイは強く
抱き締められ、深い息を一つ吐いた。
「……怒ってるか?」
「いいえ 夢の中でもアンタが嫉妬してくれるなんて嬉しいっスよ」
「…っ!し、嫉妬など!!」
「…したんでしょ?」

にっこり見下ろしてくる年下の恋人は、少し意地の悪いそれでも幸せに
溢れた笑顔で、ロイをじっと見詰めた。
「………うるさい…」
「否定はしないんスね」
「うるさいっ 大体夢の中のお前が悪いんだっ!」
ヤケになって叫ぶロイを、ハボックは目を細めたまま見詰めていた。
「ホント可愛いっスね大佐のそういうとこ大好きです 夢の俺に代わって
現実の俺が謝ります」
「…お前が謝ることじゃないだろう 私が…その…勝手な夢を……」
「大佐こそ俺が悪くないって言うならご機嫌直してください せっかく
の揃っての休日なんスから」

ハボックの言葉に、棒立ちになっていたロイの腕が、そろそろと上がり
その背に縋るよう抱きついた。


すまなかったと小さく呟き、俯いたロイに「幸せっス」とハボックは
上機嫌に微笑み、繰り返す。
(なんか、恋人同士っぽい良い流れ?)
そう思い、サラサラと流れる黒髪へと鼻をうずめ額にそっと口接けた
ハボックの耳に響いたのは、盛大なロイの腹の虫の音。

きゅるきゅるくぅという、聞きようによっては可愛い響きに、盛大に
吹き出したハボックは、顔を紅くしたロイに頬を強く抓られながら
もう一度その額へとキスを落とした。