オマケ

 パタリと目の前で閉じられた扉を見て、ハボックの尻尾がしゅんと下がった。
「やっと…やっと 変な噂が消えてきたばかりだってのに!」
尻尾ばかりか、心持ち耳まで垂れたハボックがトボトボと自分の座席に戻る姿
を眺めていたロイは、そのまま机上に突っ伏したハボックにそっと近づいた。

「ワン?元気ないぞ ワンは元気が取り柄なのだからしっかりしないと駄目だ」
ハボックのオーバースカートに掴まり立ちして、ロイは肉球でポフポフとその
膝を叩く。
自分に説教をしていたハボックが、なぜかいきなり意気消沈して動かなくなった
のを案じての行為だが、ハボックにとっては『誰のせいだ』の念は拭えない。
「…あーそーですねー 俺の取り柄は元気ぐらいですよねー変な噂が立っても
大佐は屁でもないからいいですよねー …ハァ…また彼女ができなくなる…」

 机に突っ伏したまま、じっとりと自分を睨みつけてくるハボックにロイは
どうしたのだろうと、眉根を寄せる。
「お前が何を言いたいのか解らん ワンがさっきまで説教してきたから聞いて
やってたのに何でふてくされてるんだ」
「…にゃんぐ大佐は悪くないけど大佐のせいなんで ふてくされるぐらいさせて
下さい」
「にゃっ!? 私のせいだというにゃっ!?聞き捨てならないにゃきちんと
説明するにゃっ!」

 ハボックの言うとおりに大声で叫ばないよう努力して、悲しい気持ちを抑え
頑張ったのにあんまりではないかと続けるロイに、耳をたらしたままのハボック
は向き直ってその躰を膝上に抱き上げた。
「…うるさいっス」
「う、うるさいだと!?失礼極まりにゃいにゃ!!私のせいだという言うにゃら
きちんと説明するにゃ!!」

 痛くも痒くもない肉球駄々っ子パンチで、日頃であれば微笑ましくすら思える
ロイの行動はイライラしているハボックの癇に障ったようで、ハボックは眉を
しかめロイを持ち上げた。
「アンタが弄ぶだの嬲るだの意味解らないクセに 使ってるから悪いんスよ」
「しっ…失礼だぞハボック少尉 私はお前より国家錬金術師でずっとずっと
頭いいんだからちゃんと意味解ってるにゃっ! 両方とも相手を翻弄して自分の
いいように弱い立場の者をからかうことにゃっ!」
「…それは辞書とかに載ってる意味でしょ 一般的にはもっと違う捉え方
されるんスよ」
「……ちがう意味?」
「こういう感じな意味です」

 言うなり、ハボックの唇がロイの薄い耳をはむっと噛んだ。
「にゃっ!?」
咄嗟にハボックを押しのけ、離れようとするが圧倒的な力の差に敵うはずもなく
意図が読めぬロイは、少しおびえた目でハボックを見上げる。
普段であれば、空を思わせる温かさを秘めた青い瞳は影を背負っているからか
暗い氷のような輝きを放っていた。
ロイの動揺を気にとめる様子なく、ハボックの熱を持った舌は耳の内側を辿り
鍛えられたたくましい腕が、身じろぎしようとするロイを拘束する。
「…大佐が悪いんスからね…」
 一瞬離れたハボックの唇に、ロイが安堵する隙もなく下げられた頭は首筋へ
と埋められ、ゆっくりとロイの反応を誘うように薄い皮膚の喉元や顎のラインを
辿り、肉食獣の目でロイを見据えていた。

「にゃ… ハボ…や…」
くすぐったさと、高まる熱。 ロイの唇から甘くかすれた息が洩れる。
早まる鼓動の理由がわからず、とにかく原因であるハボックから逃れたいロイが
尻尾を振れば、それがハボックの机の上乱雑に積まれていたファイルに当たって
派手な音を立て、床へと書類と共に滑り落ちた。

 ―――コーンッ

味気ない灰色の床に落ちたファイルが立てた音で、目の前しか見えなくハボック
は急に視界が開けたように、現状が脳裏に映った。
襟元を開かれたロイが震えながら「ごめんにゃさいニャ…」と繰り返している。
「…俺……」
自分のした行為が引き起こした結果に、呆然としているハボックにロイがもう
一度「ごめん…にゃ」と繰り返した。

「えっ…あっいや 謝るのは俺のほうで…」
「私は色々知っているつもりで ワンに迷惑をかけたんだから…ワンが怒っても
無理ないにゃ」
「迷惑…っていうか…いや今のは怒ったというより俺の理性が暴走して…」
 ばつの悪い思いで、目線を逸らすハボックの言葉は不明瞭でロイには届いて
いないようだ。
うつむいたままロイは、潤んでいた目を拭いハボックにすりっと頭を寄せた。


「飴を貰ったら お返しにキスをしなかったからワンは怒ったのだろう?」
「……………はい?」
「将軍もヒューズも 飴やチョコを貰ったらお礼にちゅーしろって言ってきたけど
ワンは言わないからしなくてもいいから大丈夫かと思ったのだ それなのに弄ぶ
と表現したから ワンが腹を立てても当然で…私が悪いと言うのも…その通りだ」

――わかってねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!っつーかどこぞの将軍!!
髭中佐!!!飴やクッキーで何やっとんじゃーーーーー!!!

 ハボック少尉の受難は、まだまだ続きそうだ。