受難な誤解

「…大佐 そこに座りなさい」
真面目な顔をしたハボックが、長い尻尾で床をたしたしと打ち下ろし
ながら、前方の椅子を指し示した。
「ちちち、違うぞ?棚のマカロンを食べたのは賞味期限が近くなって
いたからで盗み食いではないぞ」
「…あれはやっぱり大佐の仕業でしたか 中尉には報告しておきます
が今回はその件じゃありません 座ってください」
「…イヤだ ハボのその顔は怒る顔だ」

 現時点では思わず白状してしまったマカロン食べ以外、怒られる
行為の覚えが無いが、日頃から自分が色々とやらかしている自覚
あるロイは、耳を垂らし下げ警戒気味に及び腰でハボックから距離
を取ろうと謀っている。

「今回は怒ってる顔じゃありません 結果がどうなってしまったかは
あえて触れませんが…原因は俺がからかったせいですし」
 先日飴をくれというロイを、ちょっと揄うつもりで飴を食べたフリした
ハボックは司令部内に大声で「玩ばれた」と触れまわられ、その後密か
に流れるようになった「少尉って……」との類のヤバい噂をようやく沈静
させたばかりであった。

「ですが大佐 大声で玩ばれたなんて表現したら…俺だけじゃなく
大佐にもいろんな意味の危険性があるって解ってください」
なんで俺 こんなお母さんみたいな説教をしているんだろうと、ふと
考えてしまうハボックは一時とはいえ野良の経験があるため、言葉の
影響力というのを良く知っている。
「きけんせいとは 何だね」
一方、無邪気にこう返すロイはやはり自分の言動をまったく理解して
おらぬのだろうと、ハボックは溜息をついた。

「えー…玩ばれちゃった大佐の体はいまどうなっているんだろうとか
どうせ一度弄られてるなら俺だってと良からぬ欲望を抱く奴とか…
錬金術師バージョンの大佐に憧れてる奴がいっそ小さいままの大佐
なら手に入るかもと妄想しちまうとか…むしろ小さい大佐ハァハァ
萌え〜っ…とかの危険性です」
「…もてあそばれても私は私だし 今だって通りすがりに『萌え〜』
と叫ばれるのはよくあるぞ?」
「通りすがりに発散してるようなのは まあ安全だからいいんス
それに大佐の言う玩ばれたと 世間の言う玩ばれたは違うんです」
「意味がわからん」
「とにかくっ 大声で玩ばれただのなぶられただの いじられただの
叫ぶの禁止!…でないと俺が大佐の部下でいられなくなっちまうかも
しれないんです」

「そっ それは駄目だっ!ハボックは私の部下でいるんだ!」
「ハイ 俺もそうしたいんで…じゃあ了解してくれますね」
「にゃ 絶対に大声で言わないぞっ」
 解ったと、力強く頷くロイに安心したハボックはにこりと微笑んだあと
…ふとした不安を感じ取った。

「えーっとでは一応シミュレーションお願いします 大佐目ェ瞑って
下さい…で、俺が大佐にあげようとするフリをして…その飴をあーん
と俺はやっぱり自分で食べてしまいました さてその時は大声で叫ばず
どう反応します?」

 ぱちりと目を開けたロイは、上目遣いでハボックを見詰めた後目を
うるうるとさせ、肉球を己れに向け掌で涙を拭った。
涙をこらえようとする体は、小刻みに震えている。
「お…大声は出さないぞ……ハ…ハボが……私をもて遊ぶにゃ…
…やめて…欲しい…にゃ」

 折り悪く、ただいま戻りましたの声とともに勢いよく開いた扉。
そのノブを握ったまま、昼食から帰ってきたブレダの硬直した姿。
その目に映るのは、小声で「玩ばれる やめて」と泣くロイ。

あれ? 事  態  悪  化 し て ね え??


「ちちちち、違うぞ! ブレダこれは……っ…」
「…いや…まあ…趣向に関して俺は何も口をつっこまないし…
一応そう見えても大佐は俺らより年上だから…犯罪じゃない…はず
だし…まあ俺は見なかったことにしてやるから関わりもたせるな」
「ちがーーーーーーーうっ!!!!」
「俺は関わりたくないから何も見てない あー…デザート喰い忘れ
たっけな、うん」
 ハボックが留める間も無く、独り喋って頷いたブレダは日頃の鈍重
さは嘘のように、瞬時に階段へと走り去っていってしまった。


 頑張れワン・ハボック!君の苦労は多分いつかきっと報われる!