切れない思い


「ねぇ俺ら オツキアイしてる筈ですよね」

普段茫洋とした顔に、影が落ちると案外迫力があるものだ。
その雰囲気に呑まれぬよう、壁際から離れようとした私の退路をハボ
ックは片手を伸ばすことで塞ぎ、私は背中を壁にした状態で大男と
向き合わねばならなくなった。
「…大佐?」
階級を呼ぶことで、返答を促してくる青い瞳に私はコクコクと頷く。

「じゃあ…なんで逃げようとするんスか?」
――来た、きた、きてしまった… ハボックが不審に思うのは
仕方がない。好きだと言われ、お付き合いしてくれと言われ、確かに
いいぞと偉そうに回答したのは事実だ。
「に、逃げてない」
…しまった、声が上擦った。これではハボックが言ったことを認めた
上で、嘘をついていると白状したようなものではないか。

「へぇ…?」
ハボックの空いてる片手が、耳下からうなじへと差し込まれ鍛錬で
硬くなった大きな掌が首筋を撫で、反射的に体が小さく震えた。
私のその反応を楽しむように、ハボックが指の腹で背中へと続く
柔らかい皮膚の部分を、擽るようになぞる。
ぞわりとした感覚が背中を支配するのが気持ち悪くて、ハボックの
手から逃れようと身を捩れば、撫でていた掌の力は後頭部を固定
する力に変わった。

じっと見下ろす青い双眸にいつもの慈しみ溢れる視線はなく、ハボ
ックはどこか冷ややかで、決意を固めた顔をしていた。
「ほら やっぱ逃げようとする …俺をからかって遊んだ?好きだ
って言ってこられて平気な顔してみたけどホントは気持ち悪かった?
それともアンタはひねた振りして本当は優しいから 部下の告白断れ
なかっただけ?」
「…ちがっ…!」
「…少しは俺を好きだって思ってくれてるんスか」

わざと冷たく作っているだろうハボックの口調に、言い返せない自分
がもどかしい。こんな事を言わせてしまってるのは、全部私が悪い。
二人きりになるのを避け、触れられれば過剰に反応し、最近では
会話すらままならぬほど、一緒の時間を削っている。
何とか、誤解をとかなくては。

「…違う……」
ああ、また言葉を間違えた。ハボックの顔に黒い紗が下ろされたかの
ように感情が一切拭われる。
「なんだ…そっか 大佐は俺なんかを少しも好きじゃないのに お付
き合いごっこで遊ぼうって気まぐれで……」
「…っ!違うっ 少しじゃないっ!お前が好きだっ!大好き!!
勝手に判断して勝手に結論付けるな馬鹿者っバカ犬っ大莫迦っ!」

カラカラに乾いた喉から振り絞った声は、絶叫に近かったかもしれ
ない。ポカンとしたハボックの表情は、今しがた迄漂わせていた暗い
気配が消え、ただ戸惑っているだけの顔だ。
「………」
「………」

なんて言葉を言わせるのだ、この私に。スマートじゃない、格好悪い
感情に振り回されてみっともない。

呼吸が浅くなって、心拍数が早くなって、頬が熱い。
自分がどんな顔をしているのかを考えたくもない私は、無言でハボッ
クを睨むしかできず、二、三拍置いて私の言葉が脳裏に届いたらしい
ハボックは、やはり顔を紅く私を見下ろすだけで互いに無言だ。

――駄目だ、耐えきれない。こんな密着して二人きりなんて、心臓が
どうかしてしまう

何とかハボックの手を振り解いて逃げようと企む私の呟きは、無意識
に言葉となっていたらしく、ハボックは一瞬にして満面の笑みに変わ
って、全身で覆いかぶさるように抱きついてきた。

「お、おお、お 重いぞハボック!放せっ」
「…アンタ そんな可愛い人だったなんて…反則っスよ」
「かかか、可愛いとは何がだっ!重いっ 暑いっ離れろっ!」
「そんな目元潤ませて 二人きりになると心臓もたないから逃げる
なんて超殺し文句吐いて…離れろなんて殺生なコト言わんで下さい」

……ちちち、違っ…殺し文句なんかじゃないっ!お前といると落ち
着かないだけで、だからといってお前が他の奴の所に行ってもイヤで
視界にいないと寂しくて、でもかまわれると落ち着かなくて……
……ああ、もう自分でも何がなんだか……

我ながら何を口走っているのか脳の処理が追いつかず、せめて紅く
なっていく顔を手の甲で隠そうと俯けば、ハボックは優しく私の
手首を掴み、屈み向かいあってきた。

「たーいさ滅茶苦茶惚れてます 大好きです…今のアンタ超カワイイ
…アンタのその台詞 俺、ちょっとは自惚れてもいいっスか?」
「わ、私がどうでもいいと思っている相手に こんな見っとも無い
姿を見せたりするものか に、逃げるのだって避けてるのじゃなく
…男同士で色々やって 気持ち悪かったらどうしようとかそんな切欠
でお前と気まずくなったらどうしようとか……」
いい訳だか自己弁護だか、話せば話すほどしどろもどろになっていく
私に向かって、ハボックは耳元に心地よい低い声でもう一度
「大好きです」と呟いた。

―ムカつくぞハボックのクセにその余裕は何だ、年下のクセに部下の
クセに……
怒ってやろうとする私に重ねられた唇は、少し乾いた感触で……潜り
こんできた舌先は想像よりずっと、気持ち良かった。