「切嗣はもう行った…わね…?」 そういったアイリスフィールの体がゆっくりと斜めに傾ぐ。 「はいカーーット!おつかれさんっしたー」 監督の言葉で、血塗れに伏していたケイネスとソラウがゆっくりと 起き上がった。 「うわぁぁぁぁーーーんっ!ママーーーーッ!」 半泣きになっているウェイバーが、ソラウの胸元へと飛び込んだ。 「手は!?手は大丈夫?」 「ああこれ?ほら腕を半分に折ってる状態で無理矢理、包帯巻いて いるだけだから平気よ 太さとかはCG加工してごまかすみたい」 ウェイバーが差し出すハンカチで、血糊を拭いながら微笑むソラウ の表情は優しい。 「パパ!パパは!?」 「落ち着きなさいウェイバー これぐらいたいしたアクションでも なかろう」 「あら、娘の優しい心をそんなあっさり否定するの?」 エルメロイ家は、母の言葉が最強だ。 そんなつもりはないがと返すケイネスに、クスリと笑ってソラウは ウェイバーのハンカチを差し出した。 「あなたも顔が血塗れね お疲れ様」 エルメロイ家は、全員がそれなり以上の知名度を持っている俳優 一家だ。 今回は自分以外の家族三人の出番が最後だと聞いて、末娘である ウェイバーも、自分の撮りではないが一緒に撮影に来ていた。 一足早く画面から消えていた、ディルムッドは顔を洗ってきて いたらしい。 セイバーの差し出してきたタオルを、うけとり水滴を拭っていた。 服の血糊は隠しようもないが、輝く美貌と野生美ある肉体は、夜 であるにもかかわらず、存在感あふれている。 父と母の演技に釘付けになっていたウェイバーは、現場へ戻って きたディルムッドへまだ半泣きのまま、駆け寄った。 「お兄ちゃんっ!」 セイバーと歓談していたディルムッドは、泣きながら胸元へ飛び こんできた妹を、困ったような照れた笑いで受け止める。 「…どうした ウェイバー?」 「だ、だって だってお兄ちゃんかわ、かわいそうで…お兄ちゃん 一生懸命闘おうとしてただけなのにっ!お、おにいちゃ……うっ… ひっく… セイバーさん!」 途中から、涙を健気にもひっこめようと努力していたウェイバーが 勢いよく振り返る。 「はっ はい!?」 「ひどいですっ!あなたのマスター!!」 「こらっウェイバーあれは撮影だろう…すまんなアルトリア」 妹を宥めようと、肩をやさしく抱くディルムッドの動きに、我を 取り戻したらしいウェイバーが、瞬時に赤面した。 「すっすみません…つい…見ていて引きこまれてしまって…」 「いや…そこまでのめりこんでもらえたなら、俳優冥利につきる それにしても、貴殿の家は放送設定と違ってあいかわらず仲が よいな」 セイバーは、普段の生活であってもどこか時代劇めいた喋り方を している。 だが、その硬質な雰囲気は穢れない高貴な美しさに似合っていて、 ウェイバーも内心、密かに彼女に憧れていた。 「セイバーさんたちの所だって…撮影後は仲がいいんでしょう?」 瞬時に凍った、空気。 慌てふためいた様子で、ディルムッドがウェイバーの口を掌で覆い 胸元へ押さえつけた。 「す、すまんなセイバー……ウェイバーはまだ、その業界事情に 疎いもので……」 「いや…こちらこそ…無邪気な妹御の発言に…大人げない対応を してしまってすまなかった」 それではと手をあげて去っていくセイバーの笑顔に、さきほどの 緊迫した時間の名残は欠片もない。 「ウェイバー…あなたもこの業界で働くなら、もうちょっと 人間関係把握しておきなさい」 いつのまにか二人の傍に寄っていたソラウが、軽く拳をつくって ウェイバーの頭を叩いた。 「え、あの…ママ ごめんなさい…私なにか…失礼なこと言って しまったの?」 「衛宮切嗣はね 徹底した俳優で…撮影外でもドラマの中の関係 と同じような人間関係を望むのよ おかげで開始前からセイバー さんは徹底的に貶されて…ドラマ外ではほとんど口をきく事も ないわ」 「あれは…少々ひどいですね 俳優として素晴らしい人物かも しれませんが個人として知り合いたくないです」 基本的に人好きする兄が、そういって眉をしかめたのを見て ウェイバーは、自分の発言の迂闊さをようやく思い知った。 「ど、どうしよう…謝ってきたら許してくれるかな」 「大丈夫だよアルトリアは、腹がたったらきちんとそれを指摘し 謝罪の機会を与えてくれる人物だ さきほどの笑顔は嘘じゃない」 「……あら、随分セイバーさんと仲良くなったのねえ…」 にっこりとした笑顔だが、母の声はどこか一段低い。 本日の打ち上げ時、セイバーと兄の間に居座る母、それを難しい顔 で眺める父を想像し、ウェイバーは少し笑った。 |