最終回余話 5


**海苔・落書きじゃないパターンでのヒゲ話妄想


准将の目はすっかり元通りになったとはいえ、医療業務上そう簡単には退院
させられないと、リハビリで入院の俺との数日。
視力を取り戻した時の准将の、顔を紅くした反応はなかなか新鮮で悪くなか
ったのだが…、どうもその後の注視は内容が違うらしい。

目を細め、じーっと俺の顔を見る様子は猫が部屋隅で「何か」をみつけ注目
している様子によく似ていた。
「…なんスか?」
「別に …髭ぐらい私だって はやせるんだからな」
「はぁ… まあ…そうでしょうね」

今の俺の顔が気に入ってくれたらしいのは嬉しい誤算だったが、どうも准将
のコンプレックスを刺激してしまったらしいと悟ったのは、数日後だった。

「どうだ ハボック!」
マスクを外した満面の笑みの准将の、鼻下には細い黒線。
「……何をしてるんですかアンタ…」
脱力した俺が、前のめりにベッドに突っ伏すとその表情はたちまち曇った。
「………ハボック? 変…だろうか?」

うわぁぁぁ言えねぇっ!心の底から、似合ってませんやめてくださいと叫び
たいけれど…こんな顔をされたら言えねぇぇぇぇっ!

「いや…その…見慣れぬ顔は……新鮮だなあと」
「そうか」
ほっと小さく息を吐き、微笑む准将は……チョビ髭なのにかわいい。
――剃れと言い出せぬチキンな俺を許してくれ、親友や他の皆。

パターン1
一足先に退院し、必要書類を持ってきてくれたホークアイ大尉。
まったく気づかぬ風情で、何か言いたげな准将の表情をみごと黙殺。

パターン2
いろんな口実を設けては見舞いに来ていた、准将のイシュヴァール時代部下
だったという人たちやブレダ達は揃ってここ数日、俺が詳細を伝令してから
顔を見せなくなっている。
届いたメッセージは『すまん 顔を出したら吹き出さない自信が無い』

パターン3
ドアを開けるなり「わはははははっ! な、なんだよそれヒゲなのか?マジ
で??うっわぁ似合わねーーーっ! ひーっ苦しい〜笑い死ぬっ 大佐!
身を張って国民相手に笑いとる気かよ!」
と涙をにじませ笑い転がりまわるエドワードと、それを諌める弟。
「に…兄さん! し、しつ…れ…い、失礼だよ!それにもう大佐じゃなく
准将だ…し…」
その声は震え、視線を准将の方から外したままのアルフォンス。
「に、兄さんがこんな状態なので…あ、あらためてまた来ますね」
そそくさと退室していった兄弟の声が、(多分)廊下隅を曲がった辺りで
爆発しているように聞こえたのは、気のせいじゃないだろう。

パターン4
「……夢にヒューズが出た」
沈みきった准将の声は、どこまでも暗い。
夢にも出てこない不人情者めと、以前苦笑していた言葉を知っていた俺は
それがどんな内容だったのかを聞いていいものか戸惑った。
「…会いたかったんでしょ? 良かったじゃないですか」
「……腹を抱えて笑われた 相変わらず童顔だとかお前突拍子もないことを
やらかすのは相変わらずだなとか 教科書の落書きレベルで似合ってないだ
とか いやいや笑いの取れる未来の大総統も若い男に支持されて良いんじゃ
ねーのとか」
――あぁ 俺のほぼ飲み込んだ言葉を、代わりにありがとうございます
…でもアンタ的には笑いが取れてアリなんですか、やっぱスゲェやヒューズ
准将…

腹を立てるより、しょんぼりとした様子なのは准将が薄々周囲の反応を察し
ていたらからだろう。

「えーっと…俺も付き合いますから…准将もヒゲ、剃りませんか?」
「それは駄目だ!」
「あー…まあそろえるのに苦労した気持ちはわかりますが」
「違うっ!私が落とすのはいいが、お前は似合ってるからそのままでいろ」

そう言って、安全剃刀を片手に廊下へと出て行った准将。
10分後、戻ってきたときには口元の黒線は消えていた。

どう語りかけようか迷う俺を尻目に、頭の先まで布団に潜り込んでしまった
准将。
その態度は離れていた以前と変わりなく…少し嬉しいと告げたら、返答の代
わりに枕が飛んできて、准将は益々頑なに布団奥へと丸まってしまった。