最終回余話 4


いいからとにかく来いの言い草は、もう俺は大佐…違う、マスタ
ング准将の部下じゃねえっつーのという反発を起こさせたが…
軍属を離れても、所詮ロイ・マスタングの犬たる立場。
飼い主様のご命令に逆らえず、セントラル行きの汽車にその日の
夕刻には乗っていた。

付き添っていくというお袋に、むこうの駅で迎えが待ってるそう
だからと断り、汽車に乗るところまでを介助してもらう。

朝のまぶしい光が、車内を白く支配する頃にはもう中央駅だ。
「えーっと…3号車…10番目…あ、お久しぶりです!」
短めのさらりとした黒髪に、泣きボクロ。
最後にあったときは背負っていた、少し暗い影はすっかり拭われ
目の前にあるのは明るい笑顔だった。

「ロス少尉…いやもう中尉か?久しぶり」
「…私はまだ…現時点ではマスタング大佐の個人的に雇われた
下っ端Aで軍属ではないんです」
ちょっと眉を寄せた表情は、それでも明るさが失われていない。
「ああ…そっか 復帰に色々大変だもんな」
「ええ まず戸籍から作り直しですからね」
「…大変だな…」
俺の低い呟きに、それでもマリア・ロスの微笑みは消えないまま
首を振った。
「大変なのは、これからです」

その大変な時期に、俺は何もできない。
仕方がないことだと思っても、湧き出る寂寥感に捕らわれ肘掛を
握る力が、自然強まった。

「それは…ハボックさん 貴方もですよ」
眉を顰め怪訝な顔した俺に、説明はあとだと車椅子を押された。
後ろ座席に座りこみ扉を閉める。
「よっ!…久しぶりだな おっ何だよそれ男ぶり上がってるじゃ
ねえか」
自分の顎を指でなぞり、運転席からニヤリと笑いかけてきたのは
ブレダだった。
「ブレダ!お前…この忙しい時にこんなトコいていいのかよ!?」
「いいんだよプライベートタイムだ この車だって軍部のじゃ
ねえぞ大佐の自家用車だ」

何度か運転をしたことがあるから、それは見れば解る。
だが…動乱の後で、みんなそれぞれ激務に追われている筈だろう
に…何故俺が呼ばれ、お前がここにいるんだ。

「しょうがねえだろ お前を治してからじゃないと自分は治療
を受けないって言い張るんだから」
「…ブレさん 意味わかんねえよ主語抜くなよ」
「俺らにそう言って お前を呼び出した人物だって…お前なら
気付けるだろうよ」
飄々と前を見たまま返すブレダに、胸奥の鼓動の音が増す。

「…大佐に……治療って…何があった!?」
「こんな狭い所で興奮されても困るからな 先に結論を言って
やるから落ち着け まず大佐…じゃない准将は、治る…はずだ」
「はずって何だよっ!そんな重症なのか!?」
「…まあ…度合いで言うなら 日常生活ではお前より今は不便を
しているかもしれない」
「……っ…何が……」
「准将は今、失明をしている」

小さく息を呑んだ後、言葉が続かない。
尋ねたいことは幾らでもあるのに、唇が凍って耳元では今の言葉
が繰り返される。
カラカラに乾いた喉から、声を振り絞る。
「失明って…大佐…の…目が…両方なのか!?」
「落ち着け 言っただろ治る筈だって」
「あ…あぁ すまない」
思わず洩れたため息と共に、緊張が解け背もたれに寄りかかると
ブレダは続けた。

ここからは、決して公にできない方法になると。
賢者の石の正体、それと引き換えに得る力、マルコー医師による
治療―――そして、俺の脚は治るのだと。

病室というには、何もない部屋。
床には墨らしきもので錬成陣が描かれ、車椅子から降りた俺が
中央に座らされた。
紅い光が一瞬にして弾け、マルコー医師が俺の腰に手を当てた。
眩しさでくらんだ目に、周囲の光景がゆっくり形をとりもどして
くる。

「さ…もう治ったよ 筋肉を使ってないからね大変だとは思う
けど…とりあえず自分の足を触ってみるといい」
頭上で聞こえた声に、無意識に従い掌で腿を掴む。
「…わ、かる……指が… 足が…動くっ!」


早く、早く早くはやく、会いたい。
俺のために自分は後だといった人がいるという病室へ。
車椅子なんて、いらない。たとえ足がよろけても、まっすぐに
歩けなくても俺の脚は動くんだ。

ブレダの肩を借りて、松葉杖に縋って大佐の病室へと向かう。

あと少し。このドアの向うにあの人がいる。

ブレダがノックをすれば、ファルマンがドアを開けて珍しく目を
瞠ったあと、小さく微笑んだ。
ブレダの肩を断り、おぼつかない足取りで大佐のベッドに一歩
一歩あゆみ寄る。

あと少し。だがその瞬間、もつれた足が大佐の横へ体を倒れこま
せた。
見えていないという大佐の目が、その気配でこちらに気付き
まっすぐ俺を射抜く。

「その様子では…もう大丈夫なようだな」
伸ばされた指先が、空を漂い本当にこの人は目が見えていない
のだと、胸を苦しくさせる。
その指先を、祈る気持ちで握った。
「……何で、俺だって…?」
「こんな煙草くさい男は 私の知る限りお前だけだハボック どうだ
道を見失わず ここまで追ってこれたか」
「これから猛ダッシュで追いつきます ……ただいま、大佐」
「…おかえり」

次は君の番だとマルコー医師の声がかかり、マスタング大佐が
治療室へ姿を消した。

とびっきりの笑顔で、今度はアンタにお帰りを。
両手を広げ、抱きしめようと待ち構えていた俺。

だが、仕切りなおしの再会は感動からほど遠く…パチパチと何度
か瞬いた大佐は、俺を認めると同時一瞬硬直し、顔を紅く叫んだ。
「ヒヒヒゲ!髭!! なんだそれは!ハボックのくせに!」

「いや…悪くないかなとは思ってますけど …別にうぬぼれて
いませんって…!大佐が目を離せないほど そんなに俺に髭は
似合ってますか?」
笑いながら返せる、幸せ。


オマケ
「…なあ… 大佐……じゃない…准将ってもう拍手錬成もできる
んだろ…?…護衛…なんて…必要ないんじゃないか?」
認めたくはないが、確認したい事態を思い切って横にいたブレダ
に尋ねる。
リハビリ室は空いていて、道具を独り占めしていても文句を言う
人がいないからの休憩だ。

「あれを見ろ」
返事をする代わりに、指差したのは書類をみながらこちらへと
歩く准将だった。
「あ…?准将がどうか……危ねぇっ!」

書類に気を取られ、足元の段差にまったく気付いてなかった准将
が転びかけたのを、松葉杖片手に一足で跳び、その腰を支えた。
「う…?あぁ ハボックすまん」
「准将ー リハビリ中の奴に気ィ使わせてどうするんですか」
「うむ…気をつけよう」
ブレダの呼びかけに、重々しく頷いた准将だが…心もとない。

「…な、護衛…必要だろ」
こそっと囁く親友の言葉は、すごい説得力を伴っていた。
「うん 心配吹き飛んだ…相変わらず……どこか欠けてんなあ」
有能な人なのに、どうも目が離せない。

また、俺はここに居ていいんだ。

今日は屋上まで、杖なしで歩いてみよう。青空を一緒に見たいと
いえば…あの人も付き合ってくれるだろうか。
言葉にはしないけれど、そう思っていた俺の想いが通じたかの
ように、准将は書類から顔を上げ、こっちを見た。

――何があってももう一生、アンタから離れない。

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勢いで書いたので、すみません恐ろしくて読み直せません ロイの呼び方が大佐だった
り准将だったりするのはハボックの心境視点という事で
1と2の間ぐらいの時間軸だけどちょっと別世界観でお願いします
最終回を読んだからこそかけるお話 誤字脱字がございましたらご指摘ください