最終回余話 2


「ここに賢者の石があります」
マルコーの言葉が、何を示しているのかを理解した時最初に脳裏に
よぎったのは『それを 自分の為に利用してよいのか』だった。

知らぬで利用したなら、まだ言い逃れはできる。
だがその重みを理解し、裏を知った上で個人の利益に利用するとは
己一人で弟を救った鋼のにも、顔向けできない行為ではないかと。

だが。
既に石になってしまった者は、もう人には戻せぬという。
体を作っても、できあがるのはあの哀れな操り人形達だけだという
のならば…また一つ罪を重ねても、償いへの道しるべの為に…
利用させてもらうとしよう。

そしてそう決意した時、次に思ったのは「追いついて来い」と置いて
きた…大事な部下。
時間がかかっても、取り戻せる術があるかもしれない自分と違い、
現代の医療では施しようがないと言われた神経の傷も、賢者の石と
医師であるマルコーの技があえば…治る筈。

「…私の前に 治してもらいたいものがいる 私は、その後だ」

マルコーの所持していた賢者の石は、かなりの大きさを持っていた
そうでハボックの足を治してもまだ余裕があったそうだ。
別室で先ほど、ハボックの足が治ったと報告を持ってきたブレダの
言葉に、わだかまりが一つ溶けた。
だが、なぜ…当人がここにこない?

「ずっと足を使ってませんでしたからね 動くようになってもまだ歩く
には差障があるんですよ…でも 自分の力で歩いてここに来たいと
今松葉杖でこの部屋に向かっています」
「そうか… では私はその姿を しっかりと見たい…ドクター頼む」

光が弾ける音がして、真っ白な世界が再び。
ここに二回も来た奴は珍しいよと人の形をしたものが笑い、代償と
引き換えに感じていたものを視力で実感するようになる。

ゆっくりと開けた目蓋。
黒かった世界は霞んだ白い世界に変っていて、様々なものが徐々
に形をはっきりさせていく。

自分を覗き込む、見覚えのある長身とくすんだ色合いの金髪。
「…おかえりなさいを俺が言うとは想定外でしたよ 言われる立場
しか考えてなかったっスから」
笑いを含んだ、低く心地好い声。

私からも「おかえり」を言わねば。
顔を上げ、ハボックを見上げた瞬間に支配したのは感動でなく…
衝撃だった。
「ヒ、ヒゲッ! なんだお前その髭は!」
「…感動の再会 第一声がそれっスか」
「え、あ、いや…だってお前… 似合って…いや違う…何だそれは」
「なんだと言われましても…アゴ髭としか…似合ってますか?そりゃ
…どうも」
呆気に取られた様子で答えた後、笑い出したハボックと苦笑して
いる周囲に、ようやく私は自分の状況を悟った。
ハボックの…渋く素敵……違う それなりに似合ってなくもない髭に
動揺してる場合じゃない。

「…おかえり、ハボック」
「ただいま 戻りました」

そして忘れたかった記憶が残る。


軍属をやめた鋼…エドワードの元を訪れ、壁に貼った一枚の写真を
見て私は硬直した。
「…っ! なんでこれが…」
「准将どうし……あ…」
「ハボック…貴様の仕業か……」

そこにあったのは、ハボックに再会した直後「私もヒゲを生やす」と
主張した私に、周囲がアンタのヒゲはこんな感じだと落書きして
見せてきた、チョビ髭の私の図。
落書きをした私を見て、誰も笑わずそれどころか可哀想な人を見る
目で部下達に見られては…さすがにもうアレは断念した。

「いやーあの写真どこ行ったかと思ってたんスけど…大将に送って
たんですねー」
「剥がせっ! 捨てろ!!」
「幾ら命令でも人様の家の思い出の写真勝手に捨てられませんよ」

再会したエドワードの、第一声は…あからさまに私の顔を見ての
含み笑いだったのは、これも消してやりたい記憶だ。

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1のロイ視点で