愛だの恋だの


「お前も酔狂な男だな」
呟くように言った大佐は、俺と目を合わせようとはしない。
夕食を食べ終え、二人して居間で好きな場所に寝転び、
雑誌やニュースペーパーを読んでいる時の、独り言めいた
台詞。

大佐がソファの上で、俺がその前のムートン敷き皮の上
というのは、自然の力関係によるものだ。
聞き流して欲しい言葉だったのか、それとも構えの合図
なのかが区別つかず、俺は飲みかけだったマグカップを、
少し離れた床に下ろした。

見上げる大佐の姿は、新聞を読んだ体勢のままでこちら
を見ようとしない。
だがそれでも、それがかえって構って欲しい故の言葉だと
俺にはわかった。
この人が無意識に呟いただけだったなら、俺の動作に反応
して、顔をあげてこちらを見ただろうから。

「何がっスか?」
「少々マヌケで女性心理がわからん男だが そこさえ気を
つければお前に好意を持ってくれそうな女性が幾らでも
みつかるだろうに 私なぞで満足しているからだ」
「…お褒めの言葉をどうも」
「褒めていない」

意地でもこちらを見るもんかとばかり、新聞を目でおいかけ
ている大佐は、むしろそれが不自然だということに気付いて
いないのだろう。

「子持ち愛妻家の男と不倫していたような者は… 女性相手
でもお前の倫理観は嫌うだろうに」

ああ、それが言いたかったのか。
それは確かに、俺の目を見て言いにくいだろうな。
有能で、陽気で、でも鋭い刃を隠し持っていて、優しくて…
なのに大佐をきちんとふってあげることをしなかった、今も
大佐の心に居座っている、メガネのおっさん
(俺の心の中でぐらい、こう呼ばせてもらってもいいだろ)
まだ…いや、きっとこの人の最期の時まで、ずっと特別な
位置にいるだろう人。

「そうっスねぇ…… まあでも相手が結婚してからは体関係
持ってない場合も不倫になるんスかね?」
「なっ……!な、なんでそうだと断言できる?」
「アンタが酔っ払った時自分で言いましたけど」
「―――忘れろっ!」

やっと顔を上げた大佐は、顔を真っ赤にしてクッションを
投げつけてきた。重量のないそれを、俺はキャッチして軽く
大佐の膝へと投げ返す。

「俺はね、大佐の強いところとかたまに弱いところとか
綺麗なところだとか たまにだらしがなさすぎる所とかも
含めて、全部好きなんです」
「……その口八丁が女性に使えたら、お前は絶対もてるぞ」
「口先だけで言えるなら苦労しませんって だからね、大佐
俺は大佐の耐え難い恋を耐え 揺れる気持ちを抑えながら
の愛し方にも惹かれたんスよ」

「…あまり 私を甘やかすな」
「その想いが罪だったというなら、俺はその罪ごと大佐を
手に入れたい」

両掌を伸ばし、そっと大佐の頬を包む。
温かく、柔らかな感触が、ゆびさきに残る。
顔を近づけ、額と額がくっつくギリギリのところで、俺は
動きを止めた。

「酔狂な男は、嫌いですかね?」

キスをされるのだろうと、閉じていた目蓋が開き、目尻を紅く
して、俺を睨む。
「タイミングと流れを読めない男は 一般的に嫌われる!」
「…で、一般的でない大佐は俺を好きでいてくれると」

くやしまぎれに大佐がしてきた反抗は、膝上にあった
クッションを、俺の顔に押し付けてくる方法だった。