闇の焔


 曇天に覆われ、一瞬の油断でランタンの火も消えてしまい周囲に
闇が立ち込めた。
明るさに重さなどあるはず無いなのに、そのほんの微かな光が消えた
だけで空気の濃度はいきなりどんよりと重みを持ったように感じ、
見えぬ昏い空間に動揺する者達の気配を感じる。

「落ち着け」
 命令することに慣れた、耳に心地好い落ち着いた声と同時にパチッ
と、聞き覚えの有る何かが弾けるような音が小さく響いた。

 ああ、焔だ。 紅、朱、橙、白、そして赤。
大佐の指先が枯れ木に灯した火は、闇の中幻想的に揺れて、凍ってい
た暗さへの怖れという本能をじんわりと…確実に溶かしていく。
 その暖かさに惹かれ、俺らはここにいるのだけれど。
アンタはその焔を時折殺戮の道具として忌避し、それでも自分の一部
だと複雑な表情を見せる。自分は人間兵器でしかないのだと。

 ――違いますよ、大佐 アンタは兵器なんかじゃない
大きな力を持ちながら、その使い道を誤らぬようにと足掻いてその身
を盾にしても他の者を護ろうとしてくれる優しさは、道具が持つもの
なんかじゃない。

 焔のせいじゃない大佐自身の眩しさに魅了され、だからアンタに
随いてきたいと、…ロイ・マスタングを支える礎の欠片にでもなりた
いと、傍にいることを願うんだ。
…その眩しさのせいで、ヘンな奴まで絡んでくるのが困った所でも
あるんだが。多分、自覚は無いんだろうけど大佐に似た意味の二つ名
を持つ錬金術師が、大佐へと絡むのはあの焔を自分と同じ色に染めた
いからだ。
 昏黒の冥夜にふさわしい、歪んだ戦具としての色した炎。爆音と血
で染まった澱みと死だけを招く火。

「…私が使おうと紅蓮のが使おうと どれも火であることに変らん」
 少し淋しげに見える大佐は、苦笑を刻んでぽつりと呟いた。
「火が無きゃ人類の進歩はなかったって言いますよ 俺は生肉だって
喰えますけどステーキ万歳だし焼肉大好きバーベキューだって捨て
がたいしハンバーグだって大好きです 勿論シュラスコだって豚の
丸焼きだって大歓迎! どれもこれも火があってこそ!」

…真面目に力説をした俺を見た大佐は、小さく笑って顔を上げた。
「…お前のそういう所は 私にとって救いだな」
「どこまでも本音っスよ別におもねようと言ったんじゃありません」
「だからこそ、救いなのだよ」

 枯れ木につけた火を、ランタンに灯した新卒兵が緊張で体をガチガ
チにしながら、大佐へと謝辞を述べた。
「経験不足だな 火の持ち役になったらライターの一つは常備して
おくものだ …たまたま上役が人間ライターであったことに感謝した
まえ」
 こう告げて、薄く笑った大佐にもう先ほどの憂いは無い。
ランタンに照らされた、揺らめく黒い瞳を見た新兵は頬を紅くして
もう一度勢いよく頭を下げた。

「…その無意識に部下タラすの やめて欲しいんスけど」
 大佐に味方が増えるのは喜ばしいことなんだけど、弱みを拭った
瞬間に表れる一番綺麗な大佐を他の奴に見られたのが、少し口惜しく
てこう囁けば、
「魅力的な恋人を持つというのは苦労するものなのだよ まあ頑張り
たまえ」
 ふふんと鼻先で笑う大佐は、可愛いのにかわいくない言動でスタ
スタと先に数歩進んでからピタリと脚を止めた。
「…お前の存在に感謝する」
背中を俺に向けたまま小さく呟き、大佐はまた前へと歩み始める。

「感謝するのは 俺です」
アンタに会えたことに、アンタの傍に存在していられる僥倖に、同じ
時間を共有できることに。
俺の呟きは届かなかったかもしれないけれど、それでも少し先で
振り返って俺を待ってくれている大佐の存在に、心からの感謝を込め
て小さく頭を下げた俺を、大佐は少し怪訝な顔をして見詰めていた。