「待て」と「お帰り」


まさかの再会は、俺が自分の足でしっかり立てていて、大佐が
病院のベッドの上という想定外の状況だった。

もう目は治ったという大佐は、それでも精密検査が必要だと
病室に置かれたままでだ。
「私にはやることがある」と脱走しようとして、自分より重症な
中尉に本気モードの説教をされたらしいという噂は……多分真実
なんだろう。
「退院の許可はまだか」
誰かを意識したでない、大佐の言葉は多分独り言なんだろう。

病室へ一歩足を踏み入れると同時、人影に気付いたらしい大佐は
顔を上げた。
「アンタが焦らなくても育ててくれた部下たちはきちんと仕事
こなしてますよ…俺は、遅らばせながら今からの参戦になります
けどね」

――記憶より、少し頬が締まった気がする。
それでもサラサラの黒髪と、本当の年齢を知らなければ二十代
前半だとしか思えない顔つきは対して変わっていない。
交錯した視線は、確かに大佐の視線が回復しているのだと教えて
くれた。

「ハボック……」
「ああ、どうしても仕事したいというならブレダから溜まってる
らしい書類貰ってきましょうか」
俺の笑いながらの言葉に、大佐の眉根は瞬時に寄せられた。
「…私の何倍も、お前の方が仕事は溜まっている」
「は!?俺退役届け出して……」
「私が握りつぶした お前は私の対上層部との対策準備として
動向を密かに調べるため 一時軍部を離れたことになっている」
「……アンタ…」
「そうそう ロス少尉も同様だこちらは戸籍の問題もあるので
ちょっと手間がかかるがな」

クッ
喉元から洩れた俺の笑い声に、大佐の微笑が重なる。
「では即座に復帰できるんでしょうかね」
「でしょうかじゃない 復帰しますだろう」
「アイ、サー …申し訳ないのですが少しのリハビリが必要なの
ですが」

敬礼をしての俺の台詞に、大佐の顔は瞬時に強張った。
何を懸念しているのかを悟った俺が、シーツの上に落ちている
手首を握り、自分の足の上へと置いた。
「…少しサボっただけで、人間の筋肉って随分落ちちまうんです
上半身は鍛えてましたけどね…今の俺は歩くのが精一杯で
足自体は治ってます」
「……本当に…大丈夫、…なんだな」

ああ、相変わらずこの人は。
自分を責められても苦しめられても、平気な顔ができるくせに
身内と定めた人には、とことん弱い。

「大丈夫です…そういやまだお帰りと追いついたご褒美の言葉
貰ってませんが」
俺の軽い口調で、それが嘘でないと解ったんだろう。
ホッと小さな吐息をついた大佐の目つきは、途端に落ち着いた
ものへと戻る。
「自分からねだるな 図々しい」
「いいじゃないっスか 長い間色々お預け食らってたんだから」
ニィと口端を上げると、大佐のちょっと対処に困っている顔が
あった。
――ああ、こういうところは可愛いままだ。

大佐の手首をそのまま持ち上げ、自分の顎を掴ませると大佐の
困り顔はさらに深まった。
「このヒゲ顔もお気に召していただいたようですし?」
「ば、ばば、莫迦を言うなっ!」
真っ赤になる大佐は、弱みを見せぬとばかり俺を睨む。

「お前こそ、何だ 飼い主に待てをさせて」
「待っててくれたんスか?」
「……うるさい」
置いていくから、追いついて来い。
そういったこの人は、追いついてくるまで、待っていてくれた。

「お帰り 離れたいた分…一秒でも一緒にいたい」
ポツリと呟いてくれた、言葉。
多分、普段なら絶対に言ってくれない言葉が、この人なりのご褒
美なんだろう。

――参った、全面降伏だ。一度だって勝てるなんて思ったことは
なかったけれど。
同じですとの言葉を返す代わりに、膝を大佐の寝台の上に乗せて
両腕でその動きを封じる。
「ハ…ハボック?」
「最後に俺の痕をつけたの いつでしたっけ?…また付けます」

首筋に唇を埋め、襟下の焼けてない皮膚を舌先で辿る。
その白い肌は熱く柔らかく…そしてとても甘く、花が咲くように
紅く染まるまで、俺はそこを夢中で吸った。

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髭な姿ですが、中身はハボ状態のままの復活っぽいイメージで
ハボックの日にと思って書いて、絵のほうは覚えていたのにこっちアップ忘れてました