両手にトラブル
両手に花かのオマケを見たみつきさんが書いてくださったのを強奪!!



 朝目が覚めたら、オレの目の前に大佐が二人、いた。

「お前が言ったんだろう、私が二人いたらいいって」
「……言ってません。言ったのはアンタっス」
 プラス、マイナスを考えて、出した結論は“やっぱり大佐は一人でいい”だった筈。それなのにどうやってだか二人に分裂している大佐をオレはげんなりとして見つめた。
 右の大佐はきりりとした目も涼やかに、いかにも有能な焔の錬金術師と言った感じだ。かたや左に立つ大佐は顔立ちもなんだか丸みを帯びて更に童顔というかちょっと頼りないけど、でも守ってあげたくなるようなそんなかわいらしさがある。

「でも……どうせ分裂するならどうして等分に分けなかったんスか?」
 何となくどっちに何を任せても何か問題が起きそうな気がする。そう思ってオレが言えば、二人の大佐が顔を見合わせた。
「流石の私もそんな微調整までは出来ん」
 と、きりり大佐が言う。その微調整こそして欲しいと思うのはオレのわがままだろうか。そんな事を思ってオレがますますげんなりしている間に、気がつけば二人は寝室を出て行ってしまっていた。
「おいおい、勝手にあちこち行かれたら……」
 オレはそう呟きながら慌ててベッドから降りる。パジャマ代わりのスエットを脱ぎ捨てズボンだけはくと、シャツに腕を通しながら急いで階段を駆け降りリビングに飛び込んだ。そうすればきりり大佐がソファーにふんぞり返って新聞を広げている。もう一人はと視線を巡らせればキッチンから悲鳴が聞こえて、オレは慌てて声の発生源に向かった。

「大佐っ?」
 そう叫んでキッチンを覗けばびっしょりと濡れそぼった大佐が立っている。どうしたのかとシンクを見れば、水道からの水が落ちるその下に何故だかスプーンが一つ転がっていた。
「水道を捻ったらスプーンで水が……」
 どうやら勢いよく出した水がスプーンで跳ねてかかってしまったらしい。オレは水道の水を止めるとドジっ子大佐の手からトマトを取り上げようとした。
「たまには私が朝食の準備をするぞっ」
 パッとオレの手からトマトを庇ってドジっ子大佐が言う。その拍子に力が入った手の中で、トマトがぐしゃりと潰れた。
「ああっ!トマトがっ!」
 ポタポタとトマトの汁を垂らしながらドジっ子大佐が叫ぶ。トマトの汁が腕を伝ってワイシャツを赤く染めるのを見て、更に叫び声を上げる大佐の手からトマトを取り上げてオレは言った。
「汚れたシャツは洗えばすみますから、脱いで洗濯場に置いておいて下さい。朝食はオレが作るっスから大佐は新聞でも読んでいてくれたらいいっスよ」
「……すまん」
 オレの言葉にドジっ子大佐がしょんぼりと言ってキッチンを出ていく。やれやれとトマトの汁が零れた床を拭いて朝食の準備をしようとしたオレの耳にまたもや悲鳴が聞こえてオレはため息を吐き出した。
「今度はなんだよ……」

 そう呟きながらリビングを通り抜ける。悲鳴は聞こえた筈なのにソファーに座ったきりり大佐はまるで動じることなく新聞をのんびりとめくっていた。
「どうしたんスか?大佐」
 洗濯場を覗けば更にぐっしょりと濡れそぼった大佐を目にしてオレはあんぐりと口を開ける。水浸しになった洗濯場で呆然としていたドジっ子大佐は、オレの声にビクリと体を震わせて振り向くと言った。
「シャツを洗おうとしたんだが」
 どうやら同じような失敗を繰り返したらしい。そのまま置いておいてくれればいいものをと思いながら、オレは半泣きになっている大佐に言った。
「気持ちだけで十分っス。ここはもういいからリビングで待ってて、ね?」
 そう言って笑えば大佐がコクンと頷く。それからズボンのポケットからなにやら濡れた白い布を取り出して言った。
「手袋が濡れてしまった、ハボック」
「アイロンかけたげます」
 零れそうになるため息を飲み込んで手を差し出せば、ドジっ子大佐がホッとしたように笑う。そんなところは可愛いと思いながら受け取ったオレは時計を見て言った。
「急がないと遅刻しちまう。急いで朝食の用意しますから大佐も着替えて」
「判った」

 オレに急かされて大佐が洗濯場を出ていく。オレはびしょ濡れの床をそのままに急いでキッチンに戻り三人分のスクランブルエッグを作り上げた。時間がないからレタスを千切ってヘタをとったミニトマトと一緒に盛りつけてテーブルに運ぶ。温めたパンとコーヒーを置いて二人の大佐を呼んだ。
「今日の朝食は手抜きだな」
 テーブルを見るなりきりり大佐が言う。
「……遅刻して中尉に怒られてもいいんならじっくり用意するっスけど」
「それは困る」
 最強の脅し文句を口にすれば大佐はそれ以上なにも言わずにパンに手を伸ばす。二人の大佐がスクランブルエッグにふうふうと息を吹きかけてゆっくりと食べるのを後目にオレは朝食をかき込むと、二階に上がって濡れた手袋にアイロンをかけた。リビングに戻ればまだのんびりとコーヒーを啜っている大佐たちをせき立てて、玄関に回した車に二人を積み込んでアクセルを踏み込む。
「なんか大変な事になりそうな気がする……」
 そう思いはしたものの、休むわけにも大佐達だけを置いて出かけるわけにもいかない。オレは恐ろしい予感に苛まれながら司令部へと車を走らせた。


「本気だったのね……」
 司令部につけば二人の大佐を前にして中尉が呟く。二人いれば倍仕事が片づくとは賢明な中尉は思わなかったようで、それでも二人を追い立てて執務室に入った。少しして出てきた中尉は既に疲れきった様子のオレを見て言った。
「とにかく二人をしっかり見張っていてちょうだい。問題が起きれば倍よ」
「アイ・マァム」
 恐ろしい事をさらりと言ってのける中尉にオレは仕方なしに頷く。中尉は「お願いね」と言うと司令室を出て行ってしまった。
「とはいえオレ一人で二人の大佐の面倒は……」
 そう言いながら視線を向けた先ではブレダたちが薄情にも目を逸らす。とりあえず執務室の中にいる分には大丈夫かとオレが思った時、鳴り響いた電話を取ったフュリーが声を張り上げた。
「東一番通りの銀行で強盗です。爆弾持った犯人が客を人質に立てこもっています!」
 フュリーが言った途端、バンッと執務室の扉が開いてきりり大佐が飛び出してくる。
「よし、私が行くぞ、ついてこい、ハボック!」
「えっ、いや、ちょっと待って、大佐っ!」
 止める間もあらばこそ、大佐はドドドと司令室を突っ切って飛び出していってしまう。オレはブレダに小隊の部下達をつれてきてくれるよう頼むと大佐を追って飛び出した。


 結局、出たがりの大佐をオレが必死で押さえる間にブレダが部下達と共に強盗犯を取り押さえた。集まった野次馬(主に女性)にいいところを見せられずに拗ねるきりり大佐を宥めて司令部に戻る。執務室の扉を開ければドジっ子大佐が何かを探すように窓から身を乗り出していた。
「どうかしたっスか?大佐」
 そう尋ねればドジっ子大佐が窓から落ちそうなほど身を乗り出して言う。
「退屈だったから紙飛行機を飛ばして遊んでたんだが、さっき飛ばしたのが重要書類だった」
「はあっ?!どこに飛ばしたんスかっ?!」
 そんな事をしたとバレたらオレが中尉に撃たれるに違いない。慌てて窓に駆け寄れば大佐が木の上を指さして言った。
「たぶんあの辺だ」
「あの上……」
 確かに緑の葉の間に白いものが見えるような気がする。だが、いくらオレでもあの高い木の上から書類をどうやって書類を取ればいいのかと思い悩んでいれば、きりり大佐がやってきて言った。
「なんだ、あんなもの。ちょっと空気の流れを弄ってやれば一発だ」
 そう言って立てこもり事件では使う事が出来なかった発火布をはめた手を突き出す。
「えっ?ちょっと待って、大佐っ」
 そんななにも考えずに突風なんて起こしたらと止めようとする前に大佐が指をすり合わせる。その途端巻き上がった風に木の上の書類も机の上の書類も一斉に舞い上がった。
「ウギャーッッ!!」
 慌てて腕を伸ばすオレを嘲笑うように開けた窓から書類が吹き飛んでいく。
「ちょっと強過ぎたか」
「アンタねぇ……っ」
 飛んでいく書類を見送ってきりり大佐が首を傾げて言う。
「いや、見事な錬成だったぞ、流石、私だ」
 ニコニコと笑いながら言うドジっ子大佐の声を聞くに至って、オレはもうガックリとヘタリ込むしかなかった。


「あった……、最後の一枚」
 オレはどうしてもみつからなかった一枚を漸く見つけて深いため息をつく。半日近くかかって集めた書類を手にのそのそと司令部の建物の中に戻り階段を上がって司令室の扉を開けた途端、ブレダがオレに喚いた。
「ハボっ、大佐が帰ってこねぇッ!」
「……どっちも?」
「どっちも!急ぎの書類溜まってるってのに!」
「僕だってこの書類あと三十分で締めきりなんですッ!」
「私なんて締め切りまであと二十分ですッ!」
「少尉」
「……探してきます」
 最後に中尉の迫力満点の声でダメ押しされて、オレはがっくりと肩を落として司令室を出る。
「まったくもう、なんでオレばっかり」
 出来る事ならかかわらずに済ませたいのはオレだって同じなのに。大佐の面倒は全部オレっていう不文律を怨みながら、オレは大佐の姿を探す。きょろきょろと見回すオレの視線の先に、女子職員に囲まれて休憩室のソファーにふんぞり返るきりり大佐の姿が見えた。
「……このクソ大佐ッ」
 こっちは必死になって吹き飛ばされた書類をかき集めていたというのに女の子に囲まれて鼻の下伸ばしてるなんて。嫉妬も入り混じった怒りで震えそうになる声を何とか抑えて、オレは大佐に声をかけた。
「大佐、至急執務室に戻って下さい」
「ハボック」
 オレの声に大佐はにこやかに笑ってみせる。それでも腰を上げようとしないのを見て、オレは続けた。
「中尉が書類抱えて待ってますケド」
 そう言えば大佐はピクリと眉を跳ね上げたものの、あくまで優雅に立ち上がった。
「申し訳ない、仕事が私を自由にはさせてくれないようだ」
「また色々お話聞かせてください、マスタング大佐」
 失礼すると笑う大佐に女子職員たちが名残惜しそうに言う。早く、と急かすように大佐の腕を引っ張って歩き出せばきりり大佐がニヤリと笑って言った。
「なんだ、ハボック。もしかしてヤキモチか?」
「……んな事言ってねぇっしょ」
「安心しろ、単なる社交辞令、遊びだよ」
 オレの心を見透かしたように言う大佐にオレは口をへの字に曲げる。ともかくもきりり大佐を執務室に押し込むと、オレはもう一人の大佐を探しに出かけた。
「どこだよ、あのドジっ子ちゃんは」
 こっちの大佐は女の子と仲良くって感じじゃない。それじゃあどこにいるんだろう、と思えば開いた窓から楽しそうな声が聞こえた。
「大佐?!」
 窓から顔を出せばブラックハヤテ号と遊んでいるドジっ子大佐が見える。オレの声に気付いた大佐はハヤテ号を抱き締めたままオレを見上げて笑った。
「ハボ!」
 ニコッと笑った顔は思わずホンワカしてしまいそうなほど可愛い。だが、オレは和みかけた気持ちをぶんぶんと首を振って立て直すと、急いで大佐のところへと行った。
「何やってるんスか、大佐!」
「見て判らんか?ハヤテ号と遊んでいるんだ」
「……今は仕事中っス」
 まるで悪びれた様子もなくそう言う大佐にオレはげんなりと言う。まだ遊びたいと騒ぐ大佐を担ぎあげて、オレは執務室へと戻った。
「ほらもう、さっさと書類片しちゃってください」
 オレは先に連れ戻されて渋々書類にサインをしているきりり大佐の横にドジっ子大佐を下ろして言う。
ドジっ子大佐は不満げに頬を膨らませて言った。
「書類ならそっちの私がやるからいいじゃないか」
 ブラハと遊びたいとドジっ子大佐が主張すればきりり大佐がムッとして言う。
「何を言う、私はもう散々サインしたぞ。今度はおまえの番だろう!」
 息抜きにおしゃべりしてくる、と立ち上がろうとする大佐の肩を押さえて椅子に戻すとオレは言った。
「二人でやれば倍仕事が進むっしょ。いいからさっさとサインしてください」
「「でも!!」」
「中尉を呼んできてもいいんスよ?」
 苦しい時のなんとやら。司令部最強の女性の名を出せば、二人とも大人しくペンを握る。それでもともすれば互いに仕事を押しつけようとする二人を宥めすかして、オレは大佐達に書類を書かせていったのだった。


 その後、なんとか溜まった書類全部にサインを書きこませて、漸く仕事を終えた頃にはオレはすっかりと疲れきっていた。それでも家に帰れば夕飯づくりとびしょ濡れの床がオレを待っている。
「夕飯も手抜きだな」
 手早く作ったピラフとサラダを前にそう言うきりり大佐に反論する元気もなくもそもそと食事を済ませ、漸くベッドに潜り込めば二人の大佐も一緒にベッドに入ってきた。
「疲れているようだな、ハボック。今夜は私が気持ちよくしてやろう」
「書類集めのご褒美だ、好きなことをしてやるぞ、ハボック」
 二人の大佐はそう言いながらオレに圧し掛かってくる。
「そう言うなら休ませて下さ……むむっ」
 懇願する唇を柔らかい大佐のそれで塞がれて、オレは慌てて大佐を引き剥がした。そうすれば二対の黒曜石が不満げにオレを睨んでくる。
「私の好意が受け取れないというのかっ?」
「書類集めさせたことをそんなに怒っているのか?…はっ、もしかして私の事が嫌いになったのか、ハボック!」
「いや、そう言うわけじゃなくて……」
「そう言うわけじゃないならちゃんと相手をしろ、ハボック!」
「私を好きなら態度で示してくれ、ハボック!」
「でもオレ、本当に疲れて休みた……」
「「ハボック!!」」
 にじり寄ってくる二人から少しでも離れようとベッドの上で後ずさりながらオレはヒクヒクと顔をひきつらせる。
(全部搾り取られそうな気がする)
 にっこりと笑う白皙の顔が酷く凶悪に見えるのは気のせいか。
「二人ともちょっと待っ……うわわわわッッ!!」
 逃げる間もあらばこそ二人同時に飛びかかられて、オレは悲鳴を上げてベッドに倒れ込んだ。


「うわわわわッッ!!」
 ガバッとベッドの上で飛び起きてオレはハアハアと息をつく。きょろきょろと辺りを見回せば、朝の光の中ブランケットに潜り込んだ大佐の一人分の頭が見えてオレは目をパチパチと瞬いた。
「ゆ、夢……?よかったぁぁぁ…ッッ」
 どうやら悪い夢を見ていたらしい。ハアアと肺の中の空気を全部吐き出すようなため息をつけば、寝ていた大佐がうっすらと目を開けて言った。
「朝っぱらから煩いぞ、ハボック」
 そう言ってもぞもぞと潜り込む大佐を見下ろす。
「やっぱ大佐は一人で十分っス」
「何を言ってるんだ、お前は」
 呟いてギュッと抱き締めれば、大佐が怪訝そうに言ったのだった。


なんというか振り回されてるハボがかわいそ可愛くて、ドジッ子は和んでキリリは
単体で見たらさぞカッコいいんだろうなあと読んでる間にまにましっぱなしでした!
ありがとうございます!