敵と味方


内密の話があると、マスニャングの個人執務室へ招かれたハボックは
応接セットのソファに座るよう促された。
さては自分の膝を枕に寝るつもりかと、ロイに視線を送ったハボックは
思っていた以上に真剣な顔付きを返されて、訝しげに眉を顰めた。

今更遠慮もないかと、ドカリと腰を下ろしたハボックの横に、ちょこんと
座ったマスニャングは、ハボックの腿を腕起きにして、首を伸ばすと耳元
に唇を寄せ小声で告げた。

「お前にもそろそろ…話しておくことがある」
真面目な口調はどうやらサボリの口実や冗談ではなさそうで、ハボックは
居住まいを正し耳を傾ける。
「私には…敵が多いのだ」
「…そうなんスか?」

意外に思ったハボックに、ロイは頷き続けた。
「若くして国軍大佐だぞ?そして女性には常にきゃーーきゃー騒がれ…
男に憎まれてしまうんだ…仕方ないとはいえ人気者はつらいな」
女性がきゃあきゃあと騒ぐのは、黒仔猫姿だからじゃなかろうかとハボック
はあらためて見下ろすが、さすがにそれを口に出しはしない。
そしてそれが根源の疑問につながり、ハボックはロイの脇下を掬い抱え
自分の腿の上へと、向かい合う形で座らせた。

男だって猫好きは多いし、贔屓目を抜きにしてもマスニャングは可愛いと
いえるだろう。
ブレダの犬嫌いレベルのネコ嫌いが嫌うというなら理解できるが、この姿
を相手に本気で嫌うものなどそうはいないんじゃなかろうか。

「敵…って いままで何かされたんスか?」
ふるふると首を振るロイは、ヒューズが守ってくれていたから大丈夫だと
告げた。
「あの人…文官系に見えますが強いんスか?」
「ニャースは強いぞ 戦闘能力そのものより相手の弱点をことごとく見抜く
力と 正確にそこを攻撃する能力があるからにゃ」
「…ニャース・ヒューズ?…って!あの人…猫だったんスか!?」

ハボックが動揺しているのは、今迄ヒューズ中佐という相手を知っていて
も、平静を装いつつ殺気をふりまくという器用な技をやりのけたりするので
てっきり自分と同類の犬かと思っていたからだ。
「うむ…正確には私より一回り大きなリンクス系種だったと思うが」
「ああ…それなら戦闘能力でも納得です…って話題がズレましたね ヒュ
ーズ中佐は何ていって大佐を守ってくれていたんスか?」

テロリスト的に仕掛けてくるタイプと、暗殺者として向かってくるタイプでは
それぞれに異なった対応が要る。
勿論どちらがきても、マスニャングを護る気持ちには変わりないし、仕事を
やり遂げるつもりではいるが、心構えとしてハボックは尋ねた。

「……お前の周囲は お前を狙ってる奴ばかりだから気をつけろと……」

「………えー…参考までに重ねて質問失礼します それを言われた情況
は…ひょっとして酒場だとか木陰だとかあまり命を狙われてない箇所では
なかったでしょうか」
「すごいにゃハボック! 何故わかる!?」

答えは簡単だ。
ヒューズ中佐の言動は違う意味で…いわゆるお持ち帰りをしたいだとか
大人バージョン大佐と、大人の関係になりたいと狙っている輩がいっぱい
いるという意味だからだと、身近でロイを見ているハボックにはすぐ理解
できたからだ。

「……そうっスね 大佐は上からも下からも男からも女からも…狙われて
ますね……」
脱力したハボックに「そ、そんにゃに私は敵だらけなのか!?着任すぐの
お前にもわかるぐらいにゃのか?」涙目で胸元に縋りつくロイ。

まあ役得かと、ロイの背中を撫でるハボックは、ヒューズがあえて誤解を
とかなかった理由がわかると、自分も口を噤んでいることにした。