私的観察日記分析


監査の名目で、ロイ・マスタング大佐観察日記ならぬ行動報告書を
作ると決めたのは、指令が下ってすぐのこと。
日々の行動を、あらためて他の奴らとも窺ってみて確認がとれたのは
やはりこの上司はあらゆる意味で、良くも悪くも規格外だという事だ。

人当たりや外面の良さ、テキパキとした仕事振りで騙されるけれど、
この人は驚くぐらいに生活能力というものが低い。…低いというより
ひょっとしたら、存在しないというレベルなのかもしれない。
幾らなんでも窓の拭き掃除をするのに、バケツの水をそのままガラス
にぶち撒けるなんて、普通しない。

…学生の頃の掃除はどうやってたのだろうか。

ついでに食事風景も覗いてみたけれど、美味しいものが好きなくせに
驚くぐらい食事自体には無頓着だ。女の子じゃないんだからカロリー
なんてのは俺もそんなに気にしないけれど、一日の食事でチョコレート
だけだとか、菓子パンだけだとか、その翌日は野菜も食わんといかんな
と生野菜ばっかり齧ってたのは、幾らなんでも滅茶苦茶だろう。

で、日頃仕事をサボってはどこぞで寝こけて下さってる逃亡劇も、あれ
は睡眠を必要としているからの行動だとようやく理解した。
…素直に昨晩タレコミがあった情報を警戒して、某地区を独り見回って
たとか…こっちは本来の職務からすると範囲外だけど、錬金術の稀少本
を手に入れたから読み耽ってて、一睡もしていないだとかの時に理由を
言うか、上官ぶって命令形で「具合が悪いから仮眠を取る 邪魔をする
な」と言えば、部下としては内心『嘘つけサボリじゃねえか』と思っても
異論を挟める余地がまったくなくなるのに、そうしない。

多分、中尉やフュリーが本気で心配するのを懸念してという理由と、ど
ういう訳だか弱い自分を決して人に見せたくないという理由が重なって
らしいけど…それはそれとして、本当に具合が悪いときでも何も言おう
としないのは、どうなんだ。

少しでも本気で休みたいなら、無駄な追いかけっこや隠れんぼに体力
つかうより、…甘えろという表現は変だけど頼ってくれたら俺らだって
それなりに、頑張ろうと思うのに。
――大佐は、どうでもいい仕事をわざと断られるのを承知で押し付けて
誰か手助け必要な仕事ほど、誰も巻き込まぬよう無茶をする。
…おかげでいつも、目が離せやしない。


今、安心して枕を抱えて熟睡してくれているのも、…自惚れだと怒られる
かもしれないけれど、俺らが近くに居て安心してくれているからだと
思っていいのかな。
油断できない場所でだと、野生の猫並みに警戒しきって、どんな小さな
物音にでもすぐに眼が覚める人だから。

――静かなというより、息をしてるのかを心配になる寝息。
そっと掌の甲を鼻の下辺りに置いてみるけれど、俺の皮膚が厚いからか
呼吸の気配を感じられない。
そっと指先を伸ばして、偶然ふれた唇は今まで生きてきて触ったことある
記憶のどれより、ぷるんと柔らかく温かかった。
それでも感じられない吐息に、今度はそっと指を唇から潜らせてみる。
熱くぬめった感触。生きているのだというもっと確かな証しが欲しくて、
そのまま体を倒して、大佐の唇の上に自分のそれを重ねた。

「んっ……」
鼻に掛かったくぐもった声。大佐の眼がゆっくり開いて訝しげに何度か
瞬いた後、硬直したのがわかった。
「んーっ!んっ」
今度の声ははっきりと意志の篭もったもので、ああ良かった大佐が
ちゃんと息をしていて声をしていると確認できて、嬉しくなる。
俺の髪の毛を引っ張ってくる力も確かで、さっき生きているのか不安に
なってたのが嘘みたいだ……なんて思っていたら横っ面に衝撃。

「なっ…なっ何をしているか貴様っ!」
伊達に現場に出張っているだけあって、確かな大佐の拳の威力に
ようやく俺は我に返った。
「…俺…えーっと…… なに…してましたかね?」
「………」

唇をパクパクさせた大佐は、俺自身も自分の行いに呆然としているの
に気付いたらしく、何か言いたげに何度か唇を開きかけては閉じ大きく
深呼吸をした。
「行為自体は解らなくても行ったキッカケぐらいは覚えているだろう 言い
訳を述べてみろ聞いてやる」
「…えっと…大佐があまりに静かに寝てるから息してるのかなあって不安
になって」
「…それが理由か?」
「いや そう思ってはいたけどまさか…なんで俺あんな事しでかしたんス
かね?」
「私が知るか!馬鹿者っ」

 害意が無いのに免じて今回ばかりは忘れてやると言った大佐は、俺に
も忘れろと一言で命じてきた。
追求されれば困る自覚ある俺は、『Yes,Sir』と答えるしかない。

――だけど、頬の痛みとあの柔らかな感触はまだ俺の中に残っていて
……いつかは忘れられるのか、甚だたる疑問として俺に残った。

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『焔の錬金術師』のロイの呼吸を確かめるハボックは何度読んでも
萌え狂います