B倉庫の怪


ノックがされたと同時、許可の言葉前にワン・ハボック少尉が入り込んでくるのは
いつもの事で、肉球を印鑑代わりに書類にぺったんぺったんと押し付けていたロイ
は、そちらに振り向こうともしなかった。
「何のようだね」
「視察ついでに 胡桃入りフィナンシェ買ってきたっス」
「にゃっ!」

途端に顔を上げ、目を輝かせるマスニャングに苦笑しつつ、ロイの手の届かない
位置でハボックは紙袋を振った。

「まずその手を洗ってからです 右手だけ濃紺になってるじゃないっスか」
左の肉球はかわいらしい薄桃だが、右手はスタンプ台のインクで染まっているロイ
を抱え上げ、石鹸をあわ立てる。
「…自分でやるぞ?」
「いやいや これも楽しいんでお気になさらず」
犬属と違って、大人になってもぷにぷにもにもにの肉球を持つ猫属の手の感触は
心地よいもので、それに触りたいがばかりにオヤツを買って帰っているハボックは
上機嫌でロイの手を洗い、ソファへと座らせた。

「そういや大佐は例の13倉庫の話を聞きました?」
「…にゃ?あれか 実はB倉庫のBが扉を開けて1と3に見えてましたという話」

それまで一心不乱にフィナンシェを貪っていたロイの動きが、止まる。
少し耳が伏せ気味なのを、警戒されたかとハボックが続けた。
「いやーそれだけじゃなくて、なんか変なモンが出るって噂とかあって…俺らで
夜中探索しようって話が出てるんスよ だから」
「嫌にゃ」
「…まだ何も言ってませんが」
「わ、わわ、私は夜は眠いんだ!だからB倉庫になんか行かないぞっ!」

「…怖いんスか?」
にっと口端を上げ、からかう笑みを浮かべるハボックも実のところ怖いのだ。
だが『お化け屋敷で自分以上に怖がる奴がいると、自分の恐怖がなんか薄まる気が
する』法則に従って、少々タチの悪い巻き添えを目論んでいたので引く気はない。
「こ、こここ、怖くなんかないにゃっ!」
「うわぁ 良かった!俺ら情けなくて怖がりの部下は勇敢な大佐がついて来てくれ
れば安心だって皆で言ってたんスよ!………ついてきてくれますよね?」

「みんな喜べっ 今日の探索をマスニャング大佐が統率してくれるそうだ!」
すっかり耳を伏せ尻尾を垂らし、ハボックにおとなしく横抱きにかかえられている
ロイの様子を見たブレダとファルニャンは、おおよそのやり取りが見当ついたが
道連れは多いほうがいいと、気づかぬフリで笑顔で拍手した。
「さすが大佐!いやー俺らも大佐がいてくれれば安心ですよ」
「はいっ!本当に頼もしいです!」
ニコニコと邪気なく続けたフュリーに、隙あらばハボックの腕から抜け出そうと
していたロイが、にゃぁと小さく啼いてうな垂れた。

「…あそこは……夜になると腐りかけた体で半透明な奴とか 脳みそ丸出しで電極
みたいなのを埋め込まれた空に浮いてる奴がいるから…近寄りたくにゃいけど…
変質者が出るというなら……仕方がないにゃ…」
「「「は?」」」
そろって短い疑問符を上げ、自分を凝視する部下たちにロイは首を傾げた。
しばらくの沈黙の後、勇を鼓した様子で、フュリーが恐る恐る片手を挙げる。
「あ、あの…大佐…半透明とか…って…?」
「ワンが言ってたにゃ B倉庫の辺りに…変質者が出るって」
「いやいや 俺は変なのが出るといいただけで…」
ハボックの言う変なイコール、この世のものではない者なのだが、ロイには
認識が違っていたらしい。

「…半透明のほうを詳しく」
「お前たちは見たことにゃいのか?夜勤の時とか新月の夜よく出没するにゃアイツ
達は私の焔も通用しなくて苦手……こ、怖くにゃんかにゃいぞ!」
「………」
一般的に、赤子や幼児はよく幽霊を認識するといわれている。
つまりはまあ、要するに、…本来ならば一番年上であるマスニャング大佐であるが
成長の遅い種族なのか、見た目はあくまで幼く――そういうことだろう。

顔を見合わせた一同は、なぜか揃いもそろって突然の用事を思い出しその夜の探索
予定は無期延期となったのであった。

なお、現在もその予定は延期中であって実行の予定はまだ、ない。

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先週辺りから、なぜかわんにゃんに拍手&コメントが続きまして嬉しかったのでお話錬成
 気に入っていただけましたら幸いです