フラグクラッシャー


差し込むカーテンの隙間の朝日が、視界を白く染める。
誰に起こされるでなく、自然と目が覚める二人揃っての休日の朝は、気持ち
の良いものだ。
大雑把なようで意外と気遣いのマメなハボックは、きちんと昨夜の後始末を
私が果てている間にハボックがしてくれたらしく、シーツは洗いたてのもので
体も妙な名残りは無く、清められている。

いろんな事件が立て込んだのと、勤務時間のシフトの関係で顔を合わせず
いた五日間。
久しぶりの二人きりの時間に、年長者たる私が大人の分別を持って制さねば
ならなかったが…情けないことに、流された。
現場から、汚れも落とさず帰ってきたハボックに抱きしめられ…その熱から
離れがたいと思ってしまい、御せずに今に至ったことを少し反省しよう。

連日の肉体労働で、疲れ果ててしまっているハボックは私が腕枕から外れ
ても、目を覚ます様子が無い。

…恋人といえる相手との、久しぶりの逢瀬。
なのにこの数時間で出会って、会話はひとつも無くあげたのは嬌声だけ。
いやいや…それは…私だけが悪いのではないはずだと、自己弁護をしても、
発情期のケダモノレベルではないかねと、更に反省は深まる。

ならば、少しは人間らしく。年上の思いやりをたまには思い出して、今日は
私が朝食の準備をしてやろう。
会話の代わりに、「愛している」のメモをハボックの枕横に置いておき。

缶詰のスープと、焼いていない食パン、千切っただけのレタスぐらいなら
私でも準備はできる。
それらを並べ、まずはと缶切りを手にした瞬間廊下から号泣にも近い叫びが
近づいてきた。
「なっ…何だ!?ハボックどうした!」
「た…た、大佐ぁぁぁぁっ!」
強い力で泣き顔のハボックに抱きしめられ…いや違う、むしろこれは抱き
すくめられと表現すべきか、正直、痛い。

「何があったというんだ 落ち着け」
「だって…だっておきたら大佐いないし 枕元にこんなのがあって明日から
また別の現場だし……」
ハボックの武骨な掌に、くしゃくしゃに握り締められたメモ。
「てっきり……てっきり死亡フラグが立てられたかと……」

―――こいつに、洗練されたやり取りを求めた私が馬鹿だった。
だからといって、勝手に人を死亡ルートに持ってくな、阿呆。

無言で手袋を取り出した私に、ハボックはあわててメモを背後に隠そうと
するが、遅い。

焦げ屑を見つめ、「あぁぁっ初めての大佐からのラブレター…!」と呟いて
いるが、知るものか。
お前はそのままデリカシーのなさから、見る目がない女性たちから敬遠され
続けていろ。

「コーヒー」
「はいはい ちぇっ…たまには甘々気分で朝を味わわせてくれてもいいのに
大佐ってばドライー」
その甘い雰囲気を、ことごとく自分でへし折ってくお前に言われたくない。
ムカついたので、黙ってハボックの足をわざと踏んづけ、私はもう一度
ベッドに戻ることにした。
「大佐」
「…なんだ」
これ以上も無く不機嫌に返した声を気にする様子も無く、ハボックはにこやか
に続ける。
「俺も 愛してますよ」
――紅くなるな、私の阿呆。だから、この莫迦が付け上がるんだ。

「コーヒーはベッドにお持ちしますからごゆっくり」
「…やっぱりここで飲む」
「なんで?寝てていいっスよ」
「眠ってる隙に盛り上がられて 休日を丸々ベッドで過ごす羽目になるのは
ごめんだ」
「ハハハハ やだなぁ大佐ってば…大丈夫っスよ…多分」
開いた口を閉じ、言葉の途中から何かを想像してる風情のハボックに説得力
は無かった。
そしてそれに逆らいきれる自信もない私が、もういちどコーヒーと告げる。
ハボックもそれ以上追求することなく、朝食の準備の続きは自分がやります
とキッチンへ向かった。