変化する熱


「お前はっ…課題さえクリアすればいいというものじゃないだろう!
周囲への影響や移動方法などをすべて計算して……」

ああ、ご尤もな言い分だ。…だけど今は苛ついていて、アンタの
言葉は脳裏に沁みるより心に刺さって、どうしようもなくムカついて
反省なんて殊勝な気持ちは微塵も沸かず、我武者羅に喉笛に噛み
付きたくなる野蛮な反抗心ばかりが募るんだ。
失恋した憂さを、模擬演習で晴らした自覚はある。確かにちょっと無茶
をしたのは認めるが、オールAでクリアしたんだから良いじゃねーか。

「聞いてるのか ハボック!」
こちらの無表情に、大佐の声の熱量が少し増したようだ。
「聞いてますとも ただ、今の俺メチャクチャな気分なんでお優しい
上司殿…慰めてもらえません?」
やつ当たりの自覚があった俺は、それでも今度こそと思った彼女に
フラれた理由が、またしてもこの目の前の上司のせいだとあっては
絡まずにはおれなかった。

少し目を瞠って、無言でこちらを見上げる顔に怒りはないけれど
かすかに滲んでるのは困惑。
切れ長の黒い瞳は驚いた猫みたいに円くなっていて、何かを言い掛け
た唇は、次の言葉を紡ぐために開いたまま、固まっている。
――そりゃそうだろう、部下が荒れ気味に仕事をしているのを嗜めて
返された言葉が『慰めて』じゃ、俺だって同じ立場に立ったらふざけるな
と、とりあえず鉄拳制裁の一発は食らわせる

そう計算できるクセ、同じ事を為されたら今の俺の昏い棘だらけの
心は容易に弾けるだろうと自嘲する歪んだ笑いに、大佐の困惑顔は更
に深まった。

さあどうぞ、ふざけるなと罵って下さいよ。
その言葉を引き金に理性の戒めも良心の呵責もないままに、日に焼け
てない細い首筋に噛みついて、薄い布地のシャツを切り裂いて、一時の
快楽と引換えに抱えきれない罪悪感を得るのだとしても、アンタの細い
体をどこまでも貪り尽くしますから。

だが、返されたのは予想外の返答だった。

「えーっとだな…屈め」
「……は?」

間が抜けた声を洩らした俺に、掌をヒラヒラと上下させる大佐の動きは、
いいから腰を落として屈めの合図だろう。
人間あまりに予想外の行動を取られると、どう行動してよいものか脳
が考えるのを拒否するらしく、俺は促されるままに膝を落として目線を
大佐の位置にまで下げた。

ぽんっと軽く乗せられた掌が動き、髪をわしゃわしゃと梳き流す。
「あー お前はなぜか異性関係に応じてのみ 空気読めないところは
あるが基本的にカンは悪くないから そんなに頭は悪くないはずだ
見た目だって背丈が大きすぎるとか 細い男を好む女性ににはマッチョ
イズム思われてしまうかもしれんが …その、大は小を兼ねるとも言うし
…まあいいではないか」

言葉を選び選び、一生懸命にフォローをしてくれているらしい大佐
だが…よくよく意味を詰めればほとんど何の犒労にもなっていない。
「えーっと…」
「…まだ駄目か? …そうだなそれにお前は恋愛対象としてはフラれ
やすいかもしれんが 基本的に人柄は愛されやすいと思うぞ、うん」
記憶を辿るように、頭を撫でていない方の指で顎先を摘む大佐に、
俺はまさかと尋ねてみる。
「ひょっとして…慰めてるつもりスか それ」
「…その通りだが」

憮然とした声に、おかしさがこみ上げてきた。
駄目だ、耐えきれない笑ってしまう。すげぇよアンタ、さっきまで俺
に巣食ってた狂暴な熱も、どうしようもない歪んだ心根も、何もかもが
一瞬で吹き飛んだ。
器用な顔をして、不器用すぎる言葉。俺の心境に気付きもしないで、
本気で大の男を慰めようと頭を撫でて、ずれた一生懸命な労わりを
してくれようとするその態度に、敵いません。

「何がそんなにおかしい」
「…いや 大佐のおかげで慰められました 感謝しますよ」
笑いすぎて、目尻を指で拭う俺の態度に大佐はやっぱり『何がそんな
におかしいのか』と首を傾げてる。
クールな素振りを装いながら、こんなにも自分が身内と認めた人物の
前では無防備で、不器用に優しいアンタ。

 ロイ・マスタングのこんな顔を見られる特権と引換えに女運が悪い
のならば仕方が無いかと思える自分の心境が、不思議でも納得だ。
慰めてくれたお礼ですと、今度は大佐の頭をくしゃくしゃに撫で乱したら
「やめんかバカ者」と顔を紅く罵られ、またおかしくなって俺は笑った。


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はっはっはってっきりハボ暴走×ロイ 無理矢理ものだと思われた方ひっかかったね!
すみませんすみませんそういうハボロイ書いてみたいと思ったんだけど、自分の考えたとおり
に指走らせたらいつものノリになりました
やりなれないことは考えるもんじゃないねと自覚です まあ*マークつけてないから、そっち期待
して呼んだ方はいないよねと言い訳してみるが万が一いてくださったらごめんなさい