健気なアプローチ


出世というものを慮るには、上への配慮は勿論として部下とのやり
取りとて、重要視すべきだとは解っている。現在の私の大佐としての
地位はそれを踏まえ得たもので、そこを鑑みてみようと思う。

フュリーは問題ない、一身に尊敬を寄せてくれ私の為に役立とうと
常に気を配ってくれているかわいい部下だ。
ファルマンは見かけに応じた如才無い振る舞いで、私を上司として
立ててくれている。
ブレダは頭の良い分、嫌な相手であっても表面は身分相応な態度
で相手をするところがあるが…本音をこちらにぶつけて来る事も多々
あり、私を嫌ってはいないだろう。

ホークアイ中尉に関しては…あの行動はすべてどれも、私を思い
やっての行動からであるのは間違えなく、良い悪いをなしに…という
より悪い方を上げろと誰かに挙手をさせたなら、揃って私が悪いという
結論に達するのは目に見えていて…まあその、色々と何かと感謝に
絶えない。

だが、問題はコイツだ。私より身長がデカいのは、護衛官として障り
にならないし言葉遣いや前評判は確認したうえで、手元に寄せたの
だから問題は無い。
…だが、生意気だという評価ならば本来の性格として許容できるが、
どうもコイツは私に関して、あえて絡んできているのではないかと思う
事が、よくあるのだ。

例えば今日の昼食のこと。
――唐突ではあるが、不味いことで名高い東方司令部食堂で、私は
コロッケだけはそれなりの評価を与えてもよいと思っている。
だから一つだけ残しておいて、最後の一口はコロッケの味で食事を
終わらせようと頑張っていたのに、…いつのまにか背後に現れていた
ハボックの奴め、ひょいとそれを背後から腕を伸ばし止める間もなく
摘み上げたのだ。

「大佐 残しちゃ勿体無いっスよ」
「あ…」
残すつもりで手付かずにしておいた訳ではない、故意に置いておいた
のだの主張をするより先に、コロッケは一口でハボックの口内へと消え
てしまっていた。

他にも、例を挙げてみよう。
私は忙しいので、書類を眺めながら歩くのは日常茶飯事だ。
…まあそれを言い訳にするのはなんだが、そちらに気を取られている
とつい足元が留守になっていて、転びかけることも珍しくない。
だが今のところ、躓きかけても転倒まではしたことがないのに、ハボ
ックはそうした時、大袈裟に私を抱きとめ溜息までつくのだ。

自分の迂闊はまあ認めんこともないし、助けてくれようとする気持ち
は汲んでやるが…やはりこれは…上官への態度ではない。
…子ども扱いすることで、私を遠回しに莫迦にしているのだろう。

それから窓辺に並んで外を見ている時、たまたま角度的にハボック
からは見えて私が見えぬと言えば「ホラ こっちっスよ」と肩を引き
寄せ、それでも対象物が何か確認できぬと告げたら私の脇下を掬って
ひょいと持ち上げるのもどうかと思う。
確かに目線は違うから、その方が探しやすいかもしれんがそんな抱き
あげるといっていい応対をしていいのは、相手がかなりに親しいか子供
相手であるかだ。

結論「…ハボックは 私を扱いやすい上司として舐めているのでは
なかろうか」

偶然遊びに…いや、一応訂正建前上…書類を持ってきてくれたヒュー
ズと、ハボックとは親しい間柄であるブレダ以外この日は皆、出払って
いた。
三名だけになる機会は滅多になく、せっかくだからと他者の意見も聞いて
おこうと、私の筋道たった論理とその証拠の出来事を述べてみる事に
しよう。
…聞かされた二人は顔を見合って…揃って微妙としか表現しがたい表情
になったのはどういう訳だ。

「…コイツは人生 敵か否かでしか判断できないんだ…まあ大変かと
思うが そういった点では不器用な奴でな」
しみじみ呟き、ブレダの肩をぽんっと叩いたヒューズ。
ブレダはブレダで頷きを返し
「アイツは基本的に人に好かれる奴なんで 対人距離ってのが極端に
小さいんですよ…だから誰にでもスキンシップ過剰がちなんで好意と
単なるイタズラの境目が 不器用というか鈍い人には伝わらないというか
そうでない相手にも色々と勘違いされるというか…まぁハボック自身も
悪いんですが」
としんみり言葉を洩らす。

「…何を言っている?」
「お前サンが鈍いという話」

コーヒーをわざとらしく音を立てて、啜るヒューズの意味する言葉が理解
できず、ブレダに目線を送れば確かに視線が合ったはずなのに、その
ままそらっとぼける顔で、横を向かれた。

「もっどりやしたー!」

絶妙なタイミングで、開かれた扉の向うに大男のシルエット。
鍛え締まった体躯なので、見苦しくはないがやはりそれだけで迫力は
あるというもので、しかもそれが話題の主であっただけに、目が合った
私は思わず固まる。

「何スか?大事な話の真っ最中?」
私の態度から、違和感のある空気を感じ取ったのだろう。微かに眉根
を寄せたハボックが問いかけてくるが……お前が私を舐めてかかって
るんじゃないかと、疑っているなどとは言えるものか。

「鈍感な奴に恋した 人懐っこいヤツは大変だという話題だ」
にっと、人の悪い笑みを浮かべたヒューズが鼻先でコーヒーが入った
カップを揺らして答えてやってるが…そんな話題をしていたか?

ああ、私が困っているのをみて話題をはぐらかしてくれたのか、流石
だなとぼんやり二人を眺めていれば、何故か拳を握ったハボックが
「そうなんスよ こっちが幾らアピールしても全っ然!気づいてくれ
なくてっ」と繰り返し頷いている。

――そういえば、ヒューズもさりげない気配りやそれとない手助けで
いとも簡単に、人の懐を開いてしまう奴だった。

まだ数回、しかも私を介して短時間しか会ったことのない筈の二人
…ハボックとヒューズが私より分かり合ってるのは…正直、ちょっと
面白くない。

「ま、頑張れよ お前さんの方法は遠回りだが確実だ」
したり顔で、私の部下にウィンクなどを送るな。しかもそれは同性だ男だ
オスだぞ、ヒューズ。
ハボックもハボックで、なぜ私相手より真面目な顔をして応対している
のだ。同性にウィンクなんて送られたら、気色悪いとのリアクションを
冗談めいて起してやるべきではないか。

……ところで先ほどから連呼されている「鈍い相手」というのを、私以外
は誰だか全員が見当ついているようで…こっそり小声でヒューズに
誰のことだと尋ねてみたら、一瞬であるが複雑な顔をされた。

あえて言うなら…それは不憫もしくは憐れな相手を見る表情で
「…お前さんはそれでいいんだよ、うん …まあワンコは俺が励まして
おいてやるから」
と謎の答えを返されたのは、いまだ解せぬままでいる。