クッキーと逃走


「少尉 こちら直りましたよ」
尻尾をぱたぱたと振る、キャイン・フュリーが差し出した拡声器を
ワン・ハボックが受け取った。
「サンキュ 声は出るんだけど割れてて耳障りだったんだよ 礼に昼飯
でも奢るわ」
「あ、いえ ちょっと接続不良起こしてただけなんで 修理って程のこと
してませんし…お気遣いなく!」
人が良い顔でにこにこと手を振るフュリーに、それじゃとハボックは
フュリーの背後にある棚を指差した。

「俺 昨日貰ったクッキー そこにしまっといたんだ良かったらそれ
食ってくれ」
「…ありません…けど?」
フュリーの頭頂部とほぼ同位置に棚がある為、一度手を伸ばして一帯
の様子を探ったあと、背伸びをして棚を覗き込んだフュリーが少し
気後れした表情で、ハボックを見返した。

「あれ…?確かそこに置いたと…」
 
フュリーの後ろから覗き込んだハボックの身長からは、棚の上が一目
瞭然であらためて確認するまでも無く、そこにクッキーはなかった。
「…あっれ? っかしいな…なあファルニャン俺昨日ここにしまったよな」
「ええ 今腹へってないからと仰って」

「…な、なんだねどうして揃ってお前たち私を見るんだ」
机に半ば伏せってうつらうつらしていたロイ・マスニャング大佐はその場
にいる部下達の視線が、一身に突き刺さっていると感じ身を起こして、
たしたしと机を叩いた。
「…欲しいって言えばあげましたよ?」
「大佐 あの時いなかったのに よく隠し場所わかりましたね」
少し呆れの入った口調のハボックに、ブレダが続く。

「にゃっ…お前らにゃにを言っている!?」
憤慨した様子で、尻尾を膨らませ立てたロイがハボックたちを睨み
つけたのに、慌ててフュリーが割って入った。
「あ、あの今お腹すいてませんので 僕クッキー結構ですから!」
「ああ 私も昨日食べずに机に保存しておいたの でよかったら…」

ファルニャンが机の引き出しを開けかけたのに気づいたロイが、机の
上を飛び移りしたたと走り、ファルニャンの眼前に座った。
「まるで私をフォローするような口調で言うな!」
「失礼いたしました 大佐…しかしそうなると…」
 顔を上げたファルニャンに対し、他の者は勿論自分じゃないと揃え
て首を振り、そしてまたロイに注目をした。

「私だって知らん!」
「じゃ中尉が食べたとでも?怒りませんから素直にごめんなさいって
言っといた方が シコリ残んなくていいっスよ」
「にゃっ…だから私は……お前たちっ全員私が盗み食いしたと疑って
いるんだな!?」
「…えーっと…」
「あっあの僕は 大佐が食べたんじゃないって信じます!」
「いやいやフュリー こういうのはキチッとしておかなくちゃだろ」

「…だって…私はホントに……うっ…うにゃぁぁぁぁっ」
 首を振り続けていたロイが、自分じゃないと言い張った後涙目に
なって廊下へと逃走した。
入れ違いに入ってきたのが、丁度話題になっていたクッキーの販売元
である店の紙袋を持った、キャットアイ中尉だった。

「ただいま…大佐どうかしたの?凄い勢いで走っていったけど」
「あー…」 
互いに顔を見詰めあい、誰が説明するかを無言のまま押し付けあって
いる空気を察したのか、キャットアイは流れを断ち切るようにハボック
へと向き直り、紙袋をそのまま渡した。

「急だったからとはいえごめんなさいね 全員の分と少尉にはお詫び
として倍買っておいたから」
「へ?何の話っスか」
「あら みんなして棚を見ているからクッキーの話題かと思ったの
だけど…違ったかしら」
「その通りですけど…まさか中尉が!?」
「…メモを置いておいたのだけど見ていない?」
「えっ」
 慌てて後ろに振り返ったハボックは棚奥の壁隙間に、白い部分が
こちらに向いた紙が挟まれていたと手を伸ばす。
『ルイグ准将が突然いらしたのでお菓子をお借りします すぐに買っ
てきますのでごめんなさい』

「うわっ あの人来てたんスか…お疲れでした」
メモを見ながら軽く頭をぺこりと下げたハボックに、キャットアイは
クッキーのおかげで助かったわと返した。
ルイグは個人能力重視といわれる軍隊で、家柄と権力のみでその地位
にしがみ付いていられてると噂される…いわゆる上にはおもねり下に
は威張るという、俗物だった。

その器の小ささは日頃の行動で多々悟れるのだが、中でもわざわざ私
が足を向けてやっているのにお茶菓子がないとはどういうことだと
ごねるのが最たる物で、それが突然の来訪であってもお茶を出した際
に茶菓子がないと、執拗にくだらぬ叱咤で絡まれるのである。

「僕が手だけで探したときにメモを飛ばしちゃったんですね すみま
せんでした」
しゅんと尻尾を垂らしたフュリーの頭にハボックは掌を乗せ、いや俺
もよくみてなかったからと、頭を下げた。

「大佐…泣いてましたよね」
気まずい表情になった全員の顔に、おおよその事情を察したキャット
アイが宥め探してくると踵を返そうとしたのを、ハボックが留めた。
「…一番最初にひどいこと言っちゃったの俺だからな…探して謝って
くるわ…これ俺の分っスよね?」
紙袋からクッキーの小袋二つを取り出し、確認を取ったハボックが
廊下へ向かう。
「よろしければこちらも大佐に差し上げてください」
ファルニャンが差し出した小袋を、ハボックが遮り断った。
「俺の分二つに 大佐の分で合計三つで充分だ …ちょっと帰って
くるのに時間かかるかもしれないけれど勘弁な」
「いや 皆大佐を疑って反省してたって伝えといてくれその分書類の
方はフォローしとくから」
 ブレダの言葉に頷いたハボックは、ロイが走り去っていった方角に
鼻を鳴らし、「こっちか」と匂いを辿った。