クッキーと逃走


植え込みの、注意していなければ決して気がつかないような陰で
丸まっている黒い毛玉を見つけたハボックは、逃げられぬようそっと
近寄り細かい枝をバキバキ折りながら、一気にロイへと腕を伸ばす。
「にゃっ!?」
 
涙で濡れた目で、顔を上げたロイは自分の状況を察するとハボック
の手から抜け出そうと、闇雲に暴れた。

「はにゃせっ! お前の顔見たくないっ」


――うわっ俺が悪いんだけど …すげぇ痛い一言だよな
暴れ続けていたロイの爪が、ハボックの頬をかすったのは一瞬だった
がそこに紅い筋を残すには充分だった。
ハボックの頬に、じわりと血が滲んだのを見たロイの顔が罪悪感
で染まり、大人しくなる。

「痛くないから 気にしないでいいっスよ」
「血が…出てる」
「だいじょぶ だいじょぶ」
手の甲で頬を拭ったハボックは、そのままロイへと視線を合わせた。
「…悪かった」
 耳を垂らして俯くロイを持ち上げ、ハボックは頭を下げた。
「俺の方こそごめんなさい 大佐を今の何倍も傷つけました」
「…にゃ?」
「クッキーを持ってたのは中尉でした」
「中尉!?にゃ、にゃんで…」
「ルイグ准将が来てたんですって」
 
 納得した表情になったロイに、ハボックは深々ともう一度頭を下げ
詫びた。
「…疑ってすみませんでした」
「そ、そうだとも私は傷ついたんだぞ!」
肉球で傷ついてない方のハボックの頬を叩くロイだが…それは気持ち
いいだけだけで、ハボックにとっては罰になっていなかった。
「はい お詫びに気が済むならさっきみたいに他の場所を引っ掻かれ
ても文句言いませんから 好きなようにどうぞ」
「…お前は私がそういう事をすると思っているのか」

 先ほどより、なお泣き出しそうになってしまったロイにハボックは
自分の言動が後手後手に廻ってしまったと、重ねての自分のしくじり
に内心で舌打ちをして、ロイをぎゅっと抱き締めた。

「考えなしな事ばっかり言ってすみませんでした! 大佐を傷つけた
代償に自分も少しでもと思ったんですがそんなの自己満足で、もっと
大佐を傷つけちゃいました…もう…俺大佐に嫌われちゃいましたか?」
「……怒ったけど 嫌ってにゃい…」
「まだ部下でいることを許してくれますか?」
「…今月の視察はずっとお前の肩車だぞ」
「はい」
「それからお茶の時間今週はずっとココアだ」
「了解しました 他には」
「…A定食の人参は今度からお前が食べろ」
「それは駄目っス」
「……夕飯にピーマンを出してはだめだ」
「それもダメっス」
「これから私を褒める時はかわいいでなく、かっこいいとか男らしい
とか素敵とか言いたまえ」
「はい きゃー大佐かっこいー すてきー 」
「………」
「………部下の間違え許すなんて 心ひろーい おとこまえー」
「…もう いい」

 部下達に揃って頭を下げられたロイは、その日の前半部分の騒動と
関係ないにも係わらずサボっていた仕事を大目に見られ、更には信じ
ると言ったフュリーの分以外のクッキーを巻き上げ、上機嫌にミルク
を啜っていた。

なお、ロイがブレダの置き忘れていたチョコレートを食べ、この優待遇
がなくなるのは四日後である。