護衛についてと劣等感


ねえ知っていますか? 俺はアンタを追いかけてやっとここまで
来れたけれど、本当は追い越して前に行きたいんだ。

何者をもアンタに触れさせず、何事からも盾になれるよう。
どうやっても追い抜けない年齢と、大局的に未来を案じるアンタの
大きさには敵えないから、せめてその身ぐらいは護らせて。

本音を言えば、前を行くよりはいっそアンタを俺の腕の中に閉じこめ
ていたい。
痛々しく唇をそっと噛み締め眉根を寄せる顔や、悲しみを気取らせぬ
ようあえて作っている無表情なんかをさせなくても済むように。

悪童みたいなイタズラっぽい笑いや、時折見せる照れくさそうな
微笑み、酔っ払った時ぐらいしか見せてくれない甘えてくる笑顔…
そんな顔だけをさせて、あの静かな眠りを妨げないように俺だけが
大佐を独占してしまいたいけれど…そうしたら、それはもう俺が
好きになったアンタじゃなくなってしまう。

凛とした目で未来を見据え、己の信念の為に痛みを乗り越え誤解
を恐れず、自分の手の内にあるものは命に代えても守ってくれよう
とする大佐に、心を奪われたのだから。

「……お前な 出会ったときから尊大な口調だわ 私を見下ろす目線
だわ 腕は太いわ筋肉質だわで こちらの…微妙な劣等感を刺激
しまくっていた自覚は無いのか…せめて年齢や立場ぐらい私に先に
行かせろ」
大佐は俺がじゃれついてきているだけだと思っているらしい抱きつき
は、そんな俺の『腕の中にいて欲しい願望』が、どこかに含まれて
いるからかもしれないと呟いてみたら、呆れた声で小さな吐息と共に
こう返された。

「…大佐が俺に劣等感?」
嘘でしょうの響きを込めた問い掛けに「…二度も言ってやるものか
莫迦」と上目遣いで睨まれたりしちゃ、どうしたって頬が勝手に緩んで
くるというものだ。

どこまでたっても背中側しか守れないと思い込んでいたのに、どれ
ほど努力を重ねても大佐に届かないと思っていたのに、アンタは
そんな俺のコンプレックスを、簡単に一言で打ち砕いてくれる。
そして、もっともっと頑張ってアンタが全てを俺に委ねても安心だと
思ってくれる位の、イイ男になれるよう頑張れる励みをくれるんだ。

「チェッ…やっぱ大佐には敵わないのかな …色々」
嬉しさを込めたぼやきで、ぎゅっと今も腕の中にいてくれる大佐を
抱き締めたら、頬を紅くしながら涼しい顔を装う大佐は
「亀の甲より年の功という言葉もあることだしな 諦めておけ」と鼻先
で笑った。

判ってるけど一生追い越せないなんて、悔しいじゃないか。
ちょっと困らせてやろうと、更に腕の力を強めてぎゅーーーっとして
やったら、「私の中身を出させるつもりかっ」と大佐は鋭い肘討ちを
返してくる。兄弟げんかみたいな馬鹿げたやりとりに、なんだか俺は
楽しい気分だけになった。
ぐるぐる渦巻いていたつまらない悩みは、どこかへ吹き飛んで
やっぱり俺はこの人が好きだとあらためて自覚をくれる。

「好きですよ」
「知ってる」
私もだとではなく、こう返してくる大佐はやっぱり上手で、俺はいつか
大佐から好きだと言わせてやるぞとこっそり思った。