名前と呼び方


中央司令部から書類を持参してきたというヒューズが、東方司令部のマス
タング司令室を訪れたとき、大方のロイの部下はそれぞれの用件が重なり
不在だった。
お目付け役がおらず、書類片隅に膨らんだネズミにしかみえない熊を描い
ていたロイと、上官相手でも気後れしないハボックしかいないのであれば
『誰が真面目に仕事をするだろうか、いやしない』の反語例文に使用され
そうな状況そのままだ。
上記事情で、現在の昼下がりが実質ヒューズ持参セントラル土産を囲んで
のお茶会となってしまっているのは、いうまでもない。

「…そういや大佐は中佐を苗字呼びで、中佐は名前呼びなのって何か理由
あるんスか?」
ふと訪れた沈黙に、ハボックが知り合ってからの疑問を口にすれば、両者
の反応は顕著だった。
ヒューズの方はにんまりとでも表現したい笑みで、ロイの方は口をへの字
に、少し頬を赤らめてだんまりだ。
「そりゃあ俺が ロイちゃんのお兄ちゃんだからだよな?」
「…認めてないっ!」

黙れとヒューズの口をふさごうとするロイの動きを、ハボックは力技で
封じ込め、さあ続けてくれとワクワク顔だ。

「まあ 仕官学校時代の初回野外演習の食事を思い出してくれ」
コーヒーを一口啜ったヒューズが、ハボックの記憶を促させる。
「あー…あれは模擬戦とかも終わった後なんで…ちょっとキャンプっぽく
楽しかったっスね」
後々になればそんな台詞も吐けぬぐらい強行軍も行われるのだが、初回の
頃はまだ余裕の持てるプログラムだったのだろう。

「で、俺とロイちゃんが炊事担当になって飯を作ろうとしたワケだ」
それを聞いた時点で、ロイの家事能力を知っているハボックの眉根が深く
顰められた。
「……なんて無謀な……」
「まあそれまで何事もサクサクこなしてる相手なんだから 料理ぐらい
できるって皆思ってたんだろうよ…で、飯をまかせたらいきなり米を洗剤
で洗おうとした」
「むーっむぐっ!」
なんとかヒューズの台詞を邪魔してやろうとロイは暴れるが、ハボックの
大きな掌に口を覆われて、出るのは意味不明なくぐもった喚きだけだ。

「…で、俺がついロイに言っちゃったんだよな お前さんどんだけ普段
お袋さんに甘やかされてるんだよって」
気まずげなヒューズの表情は、今ならば決して軽々しく口にしない失敗
だったと告げている。

「…母はいない 余計な詮索をされる前に告げておくが父も兄弟もいない
育ててくれた人は単に家ではあまり料理をしない主義だっただけで虐待を
されていた訳ではない」
喧嘩口調だったらそれなりに対峙もできるが、感情を殺したように淡々と
述べるロイに、ヒューズの罪悪感は深まる。
「…あーまあその、なんだ…料理をしてるとことかを…知る機会がなかっ
たんなら…仕方ないよな」
ロイをエリート面した挫折知らずの小生意気な相手と判断していた自分に、
内心舌打ちをしながらヒューズは続けた。

「…よっし それなら俺をお兄ちゃんと呼んだら色々面倒みてやろう」
ヒューズにはあまり嫌いや苦手とする性格はないが、ツンケンした相手とも
簡単には交流しにくい。
そこでと持ち出したのは、壁を低くするための無茶を承知の交渉だ。

「…お前のような兄などいらん」
「おっやあ…?じゃあマスタ…いや弟だからロイちゃん呼びかロイちゃん
が洗剤で洗った飯を食ってたら …全員どうなってたと思う?」
ぐっと黙り込んで睨みつけるロイに、ヒューズは畳み掛ける。
「ついでにこれからシチュー調理だけど…ロイちゃん包丁で野菜剥いたり
切ったり…自信あるか?」
「………」
「いいじゃんお兄ちゃんの一言ぐらい 減るもんじゃないし」
「………」

ぐるぐると葛藤してるだろうロイの困り顔は、小動物に似ていてかわいい
反面、どうも苛めっ子の気分になってしまう。
先ほどの不用意な発言の謝罪の意味もあるので、ヒューズは深く追求せず
食糧のある方に顔を向け、食事を準備する算段をはじめた。

「……マース…お兄ちゃん」
「っ!?」
背中の方から小さく聞こえた呟きに、ヒューズが目を見開き振り返ると
顔を真っ赤にしたロイがいた。
焚き木の炎のせいだけでない、赤味を頬に残したままロイは続ける。
「言ったからなっ!もう二度と呼ばんぞっお前は今後一切苗字呼びだっ」
「…いいぜ 弟のワガママを聞いてやるのも兄の甲斐性ってもんだ」
「誰が弟だっ!」
「ハハハ 俺、弟欲しかったんだよなー あーかわいいかわいい」
髪の毛をくしゃくしゃにロイの頭を撫で、ヒューズは上機嫌だった。

「…っつーのがあって 以来こんな感じだな なあロイちゃん」
「お前っ!人にべらべらと喋ることじゃないだろうっ!黙れっ」
ようやくハボックの軛が解けたロイが、ヒューズの襟首をつかんで喚くが
当人は笑顔でなされるがままだ。

「…なんとなく普通の親友とは 違った感じだなと思ってましたが…納得
しましたよ」
親友というだけでなく、頼り頼られる兄弟のような関係の二人にハボック
は羨望を抱く。

年上上官二人のやり取りを苦笑しながら見守るハボックは、こっそりこの
話をネタに、今後の逃亡劇を防いでやろうと企んでいるなぞ、ロイは全く
気づいていないようだった。

******************
ヒューロイアスレチック様にお邪魔させて頂いた作品です
主催の方より、ヒュ+ロイでもOKとのお言葉を頂きお目ざわりじゃなければ…
と参加させて頂きました
士官学校の仲良し二人の延長なヒュロイが好きです