欠ける繊細さ


少し傾いてきた太陽は、町並みを茜色に染める。
二人で映画と買い物というお出かけは、一般にはデートと呼ぶ
ものだったなと、さりげなく肩に手を廻してきたハボックの行動
で思い出した。

何もないままの三ヶ月。口接けの一つもしてこないのは…私の
魅力がないのか、やはり同性と一線を越えるのに躊躇してるのか
の付き合いは、なんとなく親しい先輩後輩の関係に似たまま過ぎ
ようとしていた、
…正直言えば、夜のお付き合いとやらはまだ、怖い。
怖いがキスの一つもないというのもまた悩むという、不思議な
男心はいままでに経験ないものだ。

それでも一緒にいる時間は欲しくて、今日も互いの休日を調整し
出かける約束をした。
私とハボックが揃って歩いていれば、変に思われるだろうとの
懸念は、自分の趣味でない服のおかげで、消えていた。

「大佐は普段、こういう服着ないからバレませんって」
とハボックが用意した服は薄桃のパーカーに黒のTシャツという
……どこで用意してきたのだソレは。成人男子の服かソレは。
と、突っ込みどころ満載のものだったが、おかげで軍内部の顔
見知りとすれ違っても、私の正体はバレなかった。

一部の人間がハボック相手に「後輩か?」などと聞いていたのは
業腹ではあるが。
少し暗くなってきたからか、薄桃のパーカーを着ているおかげか
男同士ではありえない密着度での徒歩も、幸い注目を集めては
いない。

――ん?
肩に置かれていた手が、掴むようになっている。
歩く先を誘導しようというのか、その指先は少し痛いぞと告げよう
と顔を上げたら、そのまま人通りの絶えた小道に入らされた。

壁先に手を着いて、緊張した顔。
ああ、やっとキスの一つもしでかしてくる気になったかこの変な
ところで奥手男め。
そう思って、目を閉じてやろうとハボックを見上げると緊張した
表情が目に入る。

影が顔に重なり、明るさに慣れた視界がすこし眩んだ。
顔が近づいてくる、気配。
ノリでなく、罰ゲームでもない同性とのキスは緊張するから早く
済ませろ。
この年になって、キスごときで鼓動が高まるとはどうした事か。
早く…早く済ませろハボック。

「あっ…あの…!大佐っ キスしていいっスか!?」

……冷めた。
この状態で、この体勢で、私が目を閉じて待っているというのに
それを聞くか。
ムカついたので…とりあえず、蹴ってやる。
「ばぁぁぁぁぁかっ!このデリカシーなしっ!」

我ながら何だ、この子どもじみた悪態は。
顔が赤くなっているのを悟られぬよう、ハボックの横から大通り
へ戻ろうとした瞬間、背後から抱きしめられた。
「えっと…すんません 大佐も…うぬぼれじゃなければ俺と…
その、キスしたいとか思ってくれてたりなんかとか…」
「―――そういうことを聞くからっ!デリカシーなしだとっ」
「はい もう聞きません」

くるりと体を反転させられ、重ねられた唇。
一度目は触れ合うだけの、それ。二度目は、互いの熱を確認する
かのように、深く交わる。

予想していなかったことに、ハボックの口技は…なかなかのもの
で全身から力が抜けた。
崩れ落ちそうになる足を支えるため、腰に廻してきたハボックの
掌は大きく、安心できるもので…少しばかりときめいたとは本人
には言わずにおこう。