犬も食わない


よろしいハンデをつけてやろうと、部下達連合vsロイ・マスタング一人の
変則呑み比べマッチ。
勝者は大方の予想通り、ハボックとブレダだった。

元より支払い分ぐらいは奢ってやるつもりだったロイだが、負けるという
のが嫌いな性質な上、潰されてしまったのが気に食わないらしく、机に
つっぷしたまま上目遣いにハボックを睨んだ。

「…ずるい……」
切れ長の瞳が酒のせいで潤み、その目で見上げられては動じずにいる
方が難しい。
いいがかりと解っていても、ハボックは屈みこみロイの頭を優しく撫でる。
「はいはい 何がズルいっていうんスか?」
「うぅぅっ…お前は…高い身長も厚い胸板も持ってるのに!酒まで強い
なんて…!」

勢いよく起き上がったロイは、酔った勢いか両手を拳にしてハボックの
胸板を叩くが、力が籠っておらぬそれはどうみてもだだっこパンチだ。
「あー…その分大佐は地位も名誉も持ってるじゃないっスか」
「なんだとっ 地位だって名誉だって頑張れば手に入るんだぞ!
それに引き換え お前を年以上に見せる黙ってる時の貫禄とか頼りがい
のありそうな背中とか!…全部私が頑張っても無理じゃないか!」

叩かれてもダメージのまったく受けぬパンチであったが、それでも続け
られると鬱陶しいとばかり、ハボックはロイの両手を拘束した。
少し嬉しげに唇端を上げたハボックは、それでもわざと厳しい表情を
つくりロイに顔を近づける。
「それなら言わせて貰いますけどね 大佐だってずるいっスよ」

思いもがけぬことを言われたと、目を丸くするロイ。
「俺より随分年上なのに そんな可愛い顔して…しかも涙目でなんて
どんな武器より強力じゃないっスか 呑み比べっていう男同士の勝負の
結果でそんな手段使うなんて 卑怯です」
「なっ…! 誰がかわいいだっ」
「目の前にいる アンタのほかに誰がいるっていうんです?」


「…とりあえず支払いをあの二人に残して 河岸かえるに賛成な人〜」
やってられるかとばかりそっぽを向いていたブレダが、15分後にそろそろ
付き合いきれんと挙手を促す。
無言のまま手を上げるフュリーとファルマン。
紅一点であるホークアイはニコリと笑って、続けた。
「私はこれで失礼するけれど… 2丁目のリージィのお店なら大佐のツケ
が利くしボトルも入ってるわ」
「…いいんですかね?」
「慰労会であるのに部下達をほっぽって、いちゃいちゃしてる上司に多少
の意趣返しは許されると思うけど?」

二人の世界につきあってられるかと、早々に立ち去る部下達。
翌日、彼らは邪気ない笑顔で領収書を積み、ロイの血の気を引かせる
のだった。