理解不理解


「その…だな…お前は騙されてるんだ 色々今まですまなかった
これからもっと幸せになれる相手を探すといい」
久しぶりの二人揃っての休日の朝、いつもなら少し忌々しい8時を
指す時計の針が、今日はまだまだこれからだと教えてくれている
ようで、良いものだ。

…いや良いものだと判断するより先に、大佐の真意のつかめぬ
発言で俺の脳はフリーズしてしまったのだが。
爽やかな朝の日差しが、まぶしいけれど心地よい。
何気なく大佐の肩を引き寄せ、ささやかな恋人としての特権を
確かめようとした瞬間にさりげなく身をかわされ、改めての様子
で大佐にベッドの上で向かい座りなおされた。

「えっと……?」
「お前には幸せになる権利がある 部下としてできれば…傍にこれ
からも居て欲しいが…お前が嫌だというなら…」
「ちょっ…待ってください!別れ話っスか!?俺何かしました?
なんでっ…待って!」
真剣な顔してるだけだったら、いつもの性質悪いこの人の冗談だ
ったと判断できたかもしれない。
でも、少し泣きそうに眉根を寄せ蒼ざめてる表情は決してふざけ
ている様子なんかじゃない。

昨夜だって大佐の好物いっぱい作って、二人で美味しく食べて、
本を読みたいという大佐を邪魔しないよう、抱きしめながら幸せ
噛み締めていて…ひょっとして…それが鬱陶しかった!?
そう尋ねると大佐は小さくかぶりを振った。

「違う…お前が温かくて…私も…幸せで……だから……」
「意味が解りませんロイ …もう少し俺にも理解できるように喋って
くれませんか」
大佐相手に尊大な言葉遣いになるなんて、黒尽くめの衣装を着用
してる時でもなけりゃ滅多にない。
訳のわからない自体にささくれ立って、出てくる言葉はどうしても
突き放した感じになってしまい、大佐の体は一段と縮こまり俺は
ますます対処に困る。

しばらく無言でベッドの上で向かい合って座ってると、大佐は深々
と頭を下げてきて俺の混乱は一層深まった。
「…お前が…一途に私を追ってくるのが嬉しくて…お前に恋人が
できそうになるとムカついて…邪魔をした」
「…何を今更」
「それで他の奴に目を向けないよう 手間を掛けさせた」
「いや俺は…嫌いな人相手に手間をかけませんし 大佐が好きだ
ったからその立場を嬉しかったですよ?」
「もっとお前にこっちを見て欲しくて わざと意味深な視線を投げ
かけたり 休日も用件を言いつけて私の家に来るように命令した」
「……それで…その、自分で言うのもなんですけどめでたく俺と
くっついたんでしょ?何でここで別れろという話になるのか頭の悪い
俺にはまったく理解できんのですが」

恋人同士の幸せな朝のつもりで起きたら、泣きそうな顔で別れ話を
つげられて、しかもその相手は自分だけが思っていたのかと思えば
向うも俺を好きだったといってくれて…なんでこんな暗い話になって
いるんだ。

「だからっ 私が邪な思いでお前の幸せを邪魔したんだ!今更だし
ふざけるなと思われるだろうけどっ …温かい布団でお前が目覚め
たら…横にいて…でも、私だけが幸せでも…意味がない……と…」

――鈍い通り越して、もはやこの人の思考は異世界人だ。

「あのー……つまりは大佐、自分が幸せだから俺と別れたいって
いってると受け止めていいんスかね?」
うつむいたまま、コクリと頷いた大佐がたまらなくいじらしくて、その
まま引き寄せぎゅっと抱きしめる。
「ハ、ハボック!?」

「大佐 …大佐がやってきた事は普通に好きな人にする初手のアプ
ローチだと思いますけど?」
「………」
俺の言葉を脳内反芻したらしい大佐は、時間差で真っ赤になった。
「え…いや…そうは……」
「大佐は俺が本気にならないだろうって思い込んでて、からかうだけ
のつもりだった?」
苦笑してそう尋ねたら、図星だったのだろう。
大佐は腕の中でその身をこわばらせた。

「俺は 大佐が色々仕掛けてくれる前からずっと大佐が好きでし
たよ?」
耳元でこそっと囁いて無理やり大佐のアゴを掴んで顔を上げさせ
てみたら、その頬は一段と紅く染まっている。
「自覚無いだけで大佐も俺をずっと好きでいてくれたんですね
嬉しいっス」
「…私はお前が…好きだったのか……」

ただただ脱力させてくれる大佐の言葉だったけど、こういう大佐も
嫌いじゃない。
ずれてて、鈍くて、それでいてどこか一途で。
「俺も幸せ 大佐も幸せ すごい最高の恋人同士ですよね 今後
も俺は大佐と幸せに暮らしていく所存ですので よろしくお願い
いたします」

笑いながら囁く俺に、大佐は小さく頷き返しそろそろと俺の背に
腕を伸ばす。
そっと抱きついてきた大佐は、その温かさを俺の胸元に返しきて
てくれて、俺に幸せを噛み締めさせてくれた。