エスコート


ハボックがロイを自室に誘うのに成功したのは、お付き合いを初めて二ヶ月
めの事だった。
別に意識していたわけではないが、自分の領域と言える場所に恋人を連れ
こめたと緊張するハボックは、ロイにソファを勧めた後所在なさげに部屋を
見渡す。

「…ハボック 少し喉が渇いたのだが」
「あ、お茶入れますねっ!あ それともコーヒーの方が!?」
「紅茶が飲みたい」
「お湯沸かしてきますっ 大佐は座っててください」
「ああ」

ハボックの部屋は、ロイの予想より片付いていた。
片付いていたと言うより、何もないというのが正解かもしれない。
自分の体格の為に、無理をしたのだろうと思われる少し大きめの寝台と二人
が並んで座れば、少しキツいだろうと思われるソファ。
そしてその高さにあわせたテーブルと、なにやら色々を突っ込んでいる箱が
幾つかと衣装棚だけだ。
キョロキョロと興味深げに、あちこちに視線を送っていたロイは、キッチン
からマグカップを二つ持って戻ってきたハボックを認め、座りなおした。

「はい ちょうど貰ったばっかの紅茶があったんで良かったっス」
ロイの前に、黒ウサギが小さく描かれたカップを置いたハボックはその後
どうしようとばかり、逡巡して立っていた。

「…ハボック」
「ハイッ!ななな何でしょうかっ!」
声をかけられて、慌てふためくハボックを見たロイが小さく溜息をついた。
「…お前のエスコートはまったくもってなっていないぞ」

やっと部屋に連れ込めた恋人に、駄目出しをされたハボックは見るも無残に
しょげて固まった。
「俺…何か失礼しましたか…?」
「まずその緊張感をなんとかしろ そっちがこちらの一挙一動に過敏に反応
するようではこちらもどう動いていいのか困惑する」
一口紅茶を啜ったロイは、ハボックに軽く笑いかける。
「ん…この紅茶の味は悪くないぞ そうだな…次は会話に困るようだったら
ラジオでもつけておけ」
「あ、はい」
「それからお前はいま自分がどこに座ろうかと迷っていただろう」

図星を指されたハボックは、何故解ったのかと目線でロイへと問い掛ける。
「こちらもソファを詰めていいのか、お前が対面のカーペットに座るのか
判断に迷ったからな まあさりげなく…というのはお前には無理だろうが
こういう場合は隣に座るものだろう」
「あ、いやその…いきなりそうしたら…俺を図々しいって思わないかなって…」
「だったら待たせている間に雑誌でもニュースペーパーでも相手に与えて
おけ そうすれば同じ記事を読むフリをして横に座れるだろう」
「…流石っスね ちょっとやってみていいっスか」

ハボックがベッドの脇にある、肌色満載のお姉ちゃんが表紙の本を持ち上げ
てから慌ててミリタリーグッズの本へと取替え、ロイの前へ広げた。
「えっとこの新作の防弾ベストカッコイイと思いませんか?」
自分の得意な分野の話題だからか、楽しそうにロイへと問い掛けるハボック
を微笑ましく思いつつ、ロイはそうだなと短く同意する。

並んで腰をかけると、一般人サイズで二人用のソファは軍人二人には少々
狭く密着する形になった。
「ハボックそうかしこまるな この距離だ さりげなく彼女の肩を抱いても
許されるぞ」
恋人目線でなく、完全にアドヴァイザーになってるロイにへこみながら、
ハボックはロイの肩に手を廻した。
「…で、本を読み終えたらどうすりゃいいんスかね?」
「そうだな 肩に廻した手を腰に落として抱き締めてもいいんじゃないか」
「なるほど」

「…ハボック」
「何スか」
「疑問なのだが…なぜ私は押し倒されてるんだ」
視界が反転したロイが、被さろうとした影に疑問の色を浮かべ問いかける。
問われたハボックの方は、涼しい笑みを浮かべ、「さあ」とだけ答えた。
「俺はアンタのアドバイスに従っただけっスよ?」
油断しましたね、とロイの耳元で低く囁く声。

「最初から、飛ばしちゃ拙いかなと自重していたんスけど」
にこやかに微笑むハボックは、硬直して見上げるだけのロイの唇に静かに
自分の唇を重ねた。