それなりの楽しみ/ハボ


時間差勤務の都合で、今帰ってきたハボックは先に帰宅しているロイ
の姿を見てしばらく絶句した。
「…どんな寝方だよ」
日頃の忙しさからか、少し時間ができるとロイが眠りを貪るのは常の
ことで、その眠りは自動人形のスイッチがオンとオフに切り替えられ
たかのように、静止して動かぬ姿だ。

死んだように眠るという表現が過剰でない姿に、思わず息をしている
のかと確かめようとしたハボックが、ロイの鼻と口を掌で覆って殺す
気かと殴られた出来事だって、記憶に古くない。

だが現在ハボックが絶句したのは、ロイが死んだように眠っていた
からではない。
眠っている姿に驚いたというのは確かだが、その姿というのが床に広
げたニュースペーパーの前で正座をして、上半身を前に倒し、両腕を
伸ばした姿で眠りこけていたからだというのが、理由だ。

おそらくカーペットの上に新聞を広げ、正座をしながら肘をつきつつ
ニュースペーパーを読んでいるうち眠ってしまい…、そのまま肘杖が
倒れた、というところだろう。
「…どっか外国の神様を拝むときに こういう格好するってのは見た
事あるけど…この体勢でよく眠れるよな」
思わず呟いたハボックの声にも、まったく反応しないところを見ると
あの状態で熟睡をしてしまっているらしい…これもある種の器用と評
すべきなのだろうかとハボックは苦笑した。

「大佐 こんなトコで寝てると風邪引くし…そんなカッコで寝てたら朝
起きてから 躰ギシギシっスよ」

膝を折って座り、ロイの背を軽くハボックが揺すると、伏せた顔を上げ
ぬままくぐもった声で『んー…』との返事。
この場合実力行使で抱き上げて、寝室まで運んで行った方がいいの
だろうかと悩んでいると、もそりと寝惚け眼でロイが顔を上げた。

「…ハボ…?」
「はい 起こしちゃったのは悪かったですけどあんな格好で寝てたら筋
とか違えちゃいますから ちゃんと寝なおしましょ?ね、大佐」
人によっては少し間が抜けて見える顔な、ぼーっとした表情のロイは
張り詰めている常の雰囲気が無く、頑是無い子供のようでハボックの
微笑みを誘う。

「…ん…寝直す」
のそりと四つん這いで移動をするロイに、そのまま寝室まで移動する
つもりかと身を起こしかけたハボックは、ロイが自分の目の前でピタリ
と止まったことに首を傾げた。

「…えっと 大佐?」
「寝る」
そのままコロン横向きに転がったロイは、ハボックの膝を枕に心地良さ
そうな寝息をたてて、また眠ってしまった。
「…おーい……勘弁してくれよ」

帰ってきたばかりのハボックは、上着を脱いでもいないしまだ手も洗っ
てない。当然楽な服装でもないし、やるべきことは多くある。

「…ま、これはこれで悪くないか」

眠りを妨げぬようそっとロイの頭を持ち上げ、ついでに腕を伸ばして
ニュースペーパーを拾ったハボックは、ロイの頭を少し持ち上げ、座り
直した。 

脱いだ上着を、掛け布団代わりにロイに羽織らせたハボックは、眼が
覚めたら寝ぼけた自分の状況が掴めず、なぜ膝枕で寝ていたのだと
慌てるだろうロイの様子を想像して、声を立てぬよう笑った。