それなりの楽しみ/ロイ


 首の辺りが、いつもより少し硬い感じがするなとぼんやり眼を開け
ると、視界に映るのは私が気に入っているあちこち奔放に跳ねた重力
に逆らっている金の髪。
…私は確か新聞を読んでいたはずで……何故ハボックが一番最初に目
に入ったのだろうと、ぼーっと浮遊したままの頭で考え出た結論は、
『ああ これは夢なのだ』

届くわけないと頭の奥では理解していても、これは夢だからなんとか
なるのではないかと、ハボックの頭に触れたくて指を伸ばすがやはり
無理があり、私の手先は宙に漂った。

「…あれ?大佐目ェ覚めたんスか」
かいた胡坐の組み合わさった脚中央を、私は枕にしているらしい。
目を開けただけで動かずとも、自然顔は覗き込まれたハボックと向い
あう形になって、節だった長い指が私の手先を受け止め掌で包む。
少しガサついた皮膚から暖かさがゆっくり伝わってきて、体全体まで
ほんわりとあったかい気分になった。
ああ、この少し荒れた膏っけの少ない手は私を護ってくれる為の鍛錬
でこうなってしまったのだなと思うと、手袋で保護されあまり直接的
な格闘に係わらないからか、男にしては滑らかだと言われる自分の手
の甲が情けない。

「ん?何っスか」
ハボックが拾った私の手を、ゆっくり自分に引き寄せてその指をそこ
から外させ私の頬を包ませる。
掌より薄い首筋や頬の皮膚に当たるハボックの指と掌は、先ほどより
もっと身近にハボックの熱を感じさせてくれ、何となく嬉しく楽しい
気分になった。
このままハボックの指先に溶けて、ハボックの一部になれればずっと
このふわふわと心地好い感触のままでいられるのだろうかと、そっと
頭をその手に擦り付けてみる。

「…こりゃ完全に寝惚けてるな…大佐ってばー こーらー…そんな
無防備な顔をしてるんじゃありません …襲うぞコラ」
 何だか低く優しい声が、頭上で物騒なことを呟いている。私の夢だ
というのに、ハボックはやはり生意気だ。
「…うー…襲う 禁止ー…」
とりあえず自分の意志を表明しておかねば、こいつのことだ夢の中で
も暴走しかねんだろう。
「あれ大佐 起きてたりしますか」
「…起きて…たり…しないー…」
 閉じてしまった瞼のせいでハボックの顔はもう見えないけれど、
頭上の小さな溜息としょうがねえなあの優しい呟きで、暴走の心配は
なさそうだと私の思考は判断し、ゆっくりとまたまどろみに体が
浸っていく。

「…じゃあ質問変えようかな 大佐俺の掌にくっついてきてるけど
…気持ちいい?」
「ん…あった…かい…」
「触られるの好き?」
「…ハボックになら…スキ…」

「…ったく…ズルいなあ こんな可愛い顔してカワイイコト言っとき
ながら襲うの禁止って命令だけはきちんと出すんだから」
 笑いを含んだ声。ハボックの指が、ゆっくりと髪を梳く。
「…起きたら今我慢してあげる分 色々させてもらいますから覚悟
しといて下さいね 大佐」
私の夢の中なのに、やっぱりこの男は生意気だ。抗議してやろうと
思ったけれど頭を撫でてくれる感触が、とても気持ちよくて……何だ
かもう言葉を紡ぐのも…面倒くさい。

「ゆっくりお休みなさい… ロイ」
穏やかな空気に囲み覆われる、柔らかな快楽。
私はまた意識を拡散させ、うとろうとろと心地の良い感覚に引き込まれ
目の奥までが深淵に沈んでいく。
…眩暈に支配されたかのように、私の思考はゆっくりと眠りへと落ち
溶けていった。