難しい甘やかし

今日は現場に出向いての仕事で、私の家に帰るよりはハボックの部屋
の方が近いという理由で、鍵を借りた私は先にそこへと帰宅した。
現場の後処理があるといっていたハボックは、今頃汗みどろでブロック
やらコンクリート片を処分している最中だろう。少尉といえば、あの
年代では中々に出世をしている方だと思うが、そこで不平を言わず黙々
と力仕事に励むハボックを、好ましいと思う。
……じゃあお前もやれよと言われれば、断固と断るが。

 少し冷たいシャワーを頭から浴びると、全身が冷えて心地好い。
ハボックがいれば小言を口にされるが、気化熱で涼しくなっていく感覚
が好きなので、半拭きの濡れ鼠状態でポタポタ雫を滴らせながら部屋へ
と戻る。幸い床はフローリングだ、すぐに乾くだろう。
 お茶でも沸かして飲みたいが、ハボックは私が台所に立つのを嫌う。
…幾ら私とて、ポットに水を入れ湯を沸かすぐらいはできるといっても
その後の茶を入れる段階で、脳裏で決めた凡その分量と異なった勢いで
茶葉が飛び出てしまうのだから…まあやめておいた方無難であろう。

 普通であれば足手まといで迷惑である筈なのに、ハボックは私が甘え
てくるのが嬉しいという。…自覚があるが我が道を行くを実践している
私は、かなりの我侭でハボックを振り回しているはずだ。
 だからたまには、私がハボックを甘やかしてみても良いのではない
だろうかと、ふと思う。
…思うのはいいとして、具体的にどのようにすればよいのかが問題だ。

 料理…はおかえりなさいの後にあれば、とても安らぎ嬉しいもので
あろうが私がやれば、キッチンが壊滅状態になるのは目に見えている。
安らぎどころか脱力しか与えられんであろうから、当然却下だ。
では掃除はどうだろう。私もハボックも不衛生は好まぬが、雑誌が散ら
かるだとか、洗濯した物を取り込んで畳まず山と積んであるというのは
気にならない。
 以前ちょっとした親切心のつもりでモデルガンのリスト雑誌を捨て、
えらくハボックにへこまれた記憶もあれば尚更で…掃除もやめておく。
あとは風呂…だが暑い仕事の後では水シャワーの方が気持ち良いだろう
し、その場合気をきかせたつもりでバスタブに湯を張っていれば、蒸気
のせいで爽快感も半減になってしまう。


 いつも自分に行われている「甘やかし」逆バージョンはどうだろう。
…ハボックに腕枕……私の腕が死ぬぞ、却下。後ろに座って座椅子状態
…座椅子というより、私がしがみ付きコアラ状態になってしまう。
うたた寝状態でいる時に、大きな掌と指先でゆっくり髪を撫で梳かれる
のは気持ちよいが……寝入りばなにやれば、多分私のほうが先に沈没
するであろう、それでは意味が無い。
その他で私にできそうな事……ああそうか、料理を作らなくても食事の
用意はできる。幸いこの家からそう遠くない距離に、デリを扱っている
総合食品の店があったはず。

唯一パジャマ代わりにおいてある私サイズのTシャツは、現在半濡れ
でこの姿での外出は流石に憚りがあるであろう、かといってカッチリ
したカッターシャツを羽織るのも今更面倒だ。
丁度山になっている洗濯物の上にある、ハボックのTシャツを借りると
しよう…少し…かなり…余裕ができるのが気に喰わないが、こういう
ゆったりとした着こなしもあるのだから、変ではあるまい。下…も
パジャマ代わりに使うこともあるので、このまま外出は控えたい。流石
にこちらはハボックのをというのは無理があるので、自分の穿いてきた
スラックスに穿き替えるとするか…と下衣を脱いだ所で玄関のチャイム
が鳴り響いた。

――まだ何も用意できていないのに…ハボックがシャワーを浴びてる間
に走って行けば間に合うか?それとも素直に疲れているだろうから、私
が労わってやる甘えたまえと告げて、出るべきか…我ながら可愛くない
言動だと思うが今更だし。
ぐるぐる思考が入り乱れつつ、玄関を開けたら扉の向うに少し疲労した
ハボックの顔。
お帰りと告げようとするより先、何故かハボックは私を見ていきなり顔
を輝かせた。

「うわっ…大佐 俺が疲れてると思ってサービス?」
――凄いなハボック、確かに私はお前が困憊してるであろうから気遣い
をしてやるつもりでいたが、まだ何も言っていないのに。
「うわーっスッゲ嬉しい 一日の疲れなんて吹き飛びましたよっ!」
後ろ手で鍵をしっかり締めたハボックは、そのまま覆い被さるように私
に抱きついてきて…もし尻尾があれば千切れんばかりに振ってるだろう
様子は、こちらも嬉しくなるが……まだ何も言っていないのに何故そこ
まで喜べるのか、はなはだ疑問だ。
「えっ だって帰ってきておかえりーって恋人が彼氏のTシャツしかも
下は素足!更には風呂上りを示す濡れ髪でお出迎えなんて超男の浪漫
じゃないっスかっ しかもまさか大佐がやってくれるなんてっ!!」
 
………なにやら私の思惑と違ってしまっているようだが、まあいいか。
結果オーライという言葉もあることだし。

 驚くほどの俊敏さでシャワーを浴びてきたハボックは、
「俺 張り切って大佐の好物いっぱい作りますね!」とウキウキ調理を
始めてしまった。唯一のリクエストである「その姿のまま今日は過ごし
て」の言葉に従ってハボックのシャツを羽織ってゴロゴロしている私は
甘やかすというのも案外難しいものだと、クッションを抱えながら溜息
をついて、寝転がった。