夕焼けを背に


 その小競り合いで終わるはずだったテロリスト討伐は、俺の指示
のせいで、犠牲者一名が出た。
 死なせはしなかったもののそいつを軍人としての再起を見込め
ぬ体にしてしまったと、罪悪感に拉がれて蹲っていた俺に、周囲も
そしてケガを負った当人ですらも『あの作戦は間違っていなかった』
と返してきて、それがますます己の不甲斐無さを自覚させる。

「…アンタまで忘れろとか言わんで下さいよ」
 多分、この時の俺は荒んだ目をしていたと思う。自分の未熟さを
抱えきれなくて、誰かにヤツアタリしたくていつの間にか俺の後ろに
居た大佐を睨みつけた。
「言わない むしろ私の意見を述べるならのならば忘れようとするな
覚えておけ…だ」
 俺を慰めようとする言葉を連ねる者達ばかりの中、大佐の言葉
は新鮮な空気のようだった。俺に圧し掛かる重みはない。存在と
して目に見えるものでもない。…それでも何より欲していた物。

「苦い記憶というものは忘れた振りしても 傷は癒されず脳裏の
どこかに澱として残るのだよ …そしてふとした行動でその澱が
罪悪感を伴って自分を支配しようと狙ってくる お前が今回の出来
事を自分のミスだと責めるのならば 忘れようとするな自分自身の
どこかに二度と同じことはせぬと刻んでおけ」

 遠い、辺り一帯をオレンジに染め上げている夕日を眺めている
大佐の言葉は、俺への語りかけなのにどこか独り言のようで昔日
を懐かしむ視線をしていた。
「…それは大佐の経験ですか」
「さあ、な 軍人としての先輩の言葉だと聞き流して構わん…澱と
して残ってしまうともう手の施しようが無い 何をやってもふと甦り
…そして苦さだけを残してまた澱として沈んでいくの繰り返しだ 
苦さがただの滓になる前に経験として学んだことを覚えておけ」

 そう言って微笑んだ大佐の顔は、今の悩み苦しみを乗越えそして
忘れるなと告げてくれていた。
繰り返された何度もの励ましより、俺の心に染み入り潤してくれる
厳しくそして優しい眼差し。

「お言葉ありがとうございます 今大佐のその男らしさに惚れそうに
なりましたよ」
「軽口を叩ける様子ならば もう浮上できたみたいだな」
「はい 自分の未熟さ肝に銘じて同じ莫迦を二度としないように
します …すみませんでした」

 頭を下げた俺に、無言で手を翳し気にするなと立ち去っていく
大佐の姿は、夕日を背にした一幅の絵のようでその姿が消える迄
俺の視線を奪い、独占していた。