非お悩み相談


暇そうに肘をついて、一服しているハボックに訊ねるのなら今だ。

幸い今なら二人きりで、休憩時間なのだから無駄話に興じても周囲に懸念
を抱かれる心配もない。
市民の安全の為と名義立て、かつてのテロリスト達の拠点であったこの
一帯は本日軍部の者たち以外は追い立てられ、実地検分をかねての演習
で青い軍服を着た者達で、埋め尽くされている。
あまり人目をつかぬよう、そっと崩れた壁の端に寄りかかるハボックに
にじり寄ったのだが、それは当人からは不審な動作でしかなかったらしく
ハボックは訝しげに私を眺めていた。

「…何やってるんスか」
「う…む、いや何その…だ…な」
続きを促すでなく、飄々とした表情のまま煙草を咥えなおしたハボックに
私は思い切って訊ねてみる。
「お前 今好きな相手が出来たらしいな」
「ブッ…!ゲホッ…だ、誰から……」
この男が煙に咽るなど、珍しい。慌てた様子で咳き込むなど、どうやら私
の話が真実で動揺しているのだろう。
「で、誰なのだね相手は?」
「目ェキラキラさせながら国軍大佐ともあろう御方が 下世話なこと聞いて
こないで下さいよ…」
「そう邪険にするものではないぞ 私とて部下のやる気を高揚させるため
協力をしてやらない事もないかもしれんのだ 言うだけ言ってみたまえ」
「…素直に面白そうな興味本位だと言ったらどうっスか 大体アンタ今迄
の自分の行い胸に聞いてみてから言ってくださいよ 部下がアンタ相手に
相談できる内容かどうかって」

普段年下のクセに、部下のクセにどこか余裕を漂わせたハボックの今
見せている、少し辟易とした表情が面白くてならばもっと困らせてやろうと
私はその鍛えられた厚い胸板に、耳をピタリとつけた。
上着を脱いだ薄い黒シャツ越しに感じる筋肉は、弾力があって温かい。

「…何してるんスか」
「私の胸は覚えがないと言っているから お前の胸に聞いてみている」
ふふんと鼻先で笑って、そう言ってやったらハボックは脱力した様子で
一度大きな溜息を付いた後、太い腕でがっしりと私の肩を抱えこんだ。


汗臭い筈の男の体なのに、不思議と不快でなくむしろ鼻腔に漂う匂いは
ハボックを身近に感じさせて、どこかくすぐったい気持ちにさせる。
「こら 放したまえ」
ハボックが腕の中に封じようとする力は、ぎゅっと強いもので自力では
抜け出せそうもない。少々からかいすぎてしまったかと、反省を込めて
ハボックの背中に降参のつもりで掌を当て、ぱふぱふとニ〜三回叩いたら
「ああ もうまったく…」と二度目の大きな吐息がつかれ、同時にふわり
と腰から下を掬い上げられた。

今、私がハボックにされているのは、俗に言う姫抱っこという形だ。
今まで地に付いていた足が空中に投げ出され、唐突に崩されたバランス
は心の平穏を奪い、落ち着かなくさせる。…というより、こんな姿そのも
のが恥晒しなのだから当然だ。
大の男が大の男に姫抱っことは、何の罰ゲームだ。
このような形で同性に抱きかかえられるなど生まれてこの方……、訂正
赤ん坊の頃はあったかもしれないので記憶にある限り、ないので驚きで
鼓動が高なり脈が速くなり不安にさせ、頬が染まる。

「こら降ろせっ 離せっ!」
「はいはーい休憩時間終了でーす 気配り利く部下が上司を司令部まで
お運びいたしまーす!」
周囲が笑っているのは、微笑ましい戯事だと判断しているようだが私に
しては冗談ごとではない。胸がバクバク言って、息が苦しくって羞恥で
顔が赤くなって、ハボックに縋ることしかできないではないか。


「…あんま可愛いことせんで下さいよ …我慢きかなくなるんで」
頭上で響いた、少し低い声。
「ん?…ハボック今何か言ったか」
「いーーーえーーーーー はいっ到着ー!…大したことは言ってません
ので気にせんで下さい」
 私を降ろす直前に聞こえた囁きが、何を言っていたのか解らず聞き返せ
ば、ハボックは苦笑を浮かべた。
――本人が、こういってるのだからまあ大した用件ではなかったのだろう
そんなことより。
地面に降ろされたというのに、恥曝しな姿より開放されたというのに、どう
してドキドキは納まらず、火照りは直らないのだ。

解らない、答えが知りたいと無意識に掴んでしまったハボックの服裾。
振り返ったハボックの表情は、少し驚いた顔からゆっくりと優しい微笑み
へと変わった。
その優しい表情が、ますます私を落ち着かなくさせるのは何故だろう。
誰か教えてくれないだろうかという疑問は、口に出せそうもなくしばらく
私はこの問題に悩まされそうだった。

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チャット中にハボックに姫抱っこされてドキドキするのは何故だと動揺するロイはどうでしょうという
会話になって、ちょっと萌えたので書いてみました