18話オマケ話


コンッと軽いノックの後、軋んだ音をたて扉が開いた。

無人を装っている室内は、窓越しに入る僅かな月光だけで照らされ
薄汚れた壁すら、仄白く漂白したかのように見せている。
照明として役立っているのか疑わしい、つねに何かを焦がしたよう
な音と臭いを放つ廊下の微かな明りが、入り口に立つ人影を黒く
描いていた。

特に足音を顰める様子でないのに、ほぼ無音で室内へと入ってくる
ロイを見たハボックは、こんな行動まで、猫めいていると覆面の下
で軽く口端を上げた。

ハボックの横に立ったロイが、黙したままバスケットを差し出す。
中に入っているのは、昼間特別ご指名料にと告げたハボックの給料
では手が出せぬ階級の白ワインと高級なチーズ。
昼間の軽口を律儀に果たしに来ただけらしいロイは、ハボックに
それを手渡すと踵を返し、帰る素振りを見せた。

――甘いっスね

そんな揶揄を含んだ眼差しで、鍛錬で節だった指がロイの手首を
掴み引きとめ、その動きを止めた。
約束はきちんと果たしたはずだがと、何の計算もない表情で小首を
傾げるロイに、ハボックは声を洩らさず笑う。

――こんな音一つ出す事を許されぬ状況下に、血を滾らせてる男の
前にのこのことやってくるアンタは無防備すぎですよ。
助けを呼ぶ声は隠密行動を理由に封じられ、抵抗は物音をたてて
しまうと安易に戒められるのに…こうやって掴まえても、まだ自分
が喰われる立場にいると解っちゃいない。

振り返ったロイの目に、無言のまま視線を逸らさず自分を見遣る
ハボックが映る。
黒い覆面の下から覗く蒼い瞳が、翳のせいで日頃の親しみやすい
晴れた空色でなく濃い藍色に見え、少しの戸惑いを誘った。
無言のまま、力強く自分を引き寄せる太い腕。本当にこれは、自分
がよく知っている部下だろうかとどこか不安に駆られるロイは、バ
ランスを崩し気付けば厚い胸板に倒れこんでいた。

「いただきます」
布越しの笑いを含んだ低い声がロイの耳元に囁かれると同時、厚い
皮膚を持った指先がシャツの胸元に差し込まれる。

「…っ!んぅっ」
「……声、潜めて下さいよ 隣りに聞こえちまいますよ?もっとも
俺は 見せつけてやるのも面白そうなんで構いませんが」
白い皮膚をまさぐる掌に抗議すべく開きかけたロイの唇は、覚えの
ある煙草の匂いが染みた布越しの口接けでふさがれ、どこか本気を
含んだハボックの言葉が刃向かう手段を奪った。

ゆっくりと追い詰め貪る指先と、黒い布越しの愛撫。
捕食者に囚われたロイは、月光の下で絖のように白い肌を無理矢理曝され
鼻にかかる甘い嬌声めいた吐息を洩らす以外、既に許されなくなっていた。