捕獲錯覚


「お前は優しすぎるから……」
そこまで言いかけて、残りの台詞を飲み込んだ大佐が何を言いたいの
かを解りかねた俺は、目線で続きを促した。

 少し戸惑う様子なのは、考え無しであったからでという訳ではなく
多分その言葉が及ぼす影響を、頭の良いこの人は無意識に計算をして
いるのだろう。
 それでもじっと大佐の言葉を待つ俺に、ポツリと返されたのは
「…だから私みたいなのに捕まってしまうんだ」

 違いますよ大佐。俺が捉まっているんではなく、俺が必死で大佐に
しがみ付こうとしているんです。
目を離したら、どこまでも独りで先に行ってしまいそうなアンタに
自分の存在を意識してもらう為だったら、何だってやるつもりなくら
いで色々試した結果が、大佐に優しくするになっただけで。
 自分にできることを手伝ってやるぐらいならまあするけれど、本当
の俺は別に優しくなんか無いんです。
「そんな嬉しいこと言ってくれるんスね 俺大佐に捕まえられてるん
ですか?」
「そうだろう 私がお前といると心地好いからつい仕事だけではなく
プライベートまで巻き込んで…今だってこうして歩いているし」

 そう思ってくれてるのなら、それはそれで都合いい。
俺が大佐に甘いとか、優しいとか思われてるのは計算なんだって告げ
たらどんな顔をされてしまうだろう。
他人の悪意や中傷では、本当の大佐を欠片も傷つけることはできない
強さを持っているくせに、アンタはつくづく他人の優しさや甘さには
弱いんだ。
人に優しくされたらどう返していいのか解らない顔になって、甘やか
されたら困惑の後拒否をして、それでも構い倒すとおずおずとやっと
こちらに顔を向けてくれる。

 大佐が俺にだけ見せてくれる笑顔や、拗ねた顔、困ったように眉尻
を下げる顔に、心底嬉しそうな顔――これが独占できるのに比べたら
少しぐらいの我侭なんて、問題ない。むしろその我侭を、他のやつら
なんかに向けられないよう独占したいぐらいだ。
優しくして、大佐が俺に何かを返そうとしても俺が笑顔でやんわり
拒絶をすれば、勝手に借りをつくったように感じて偉そうな素振りの
裏で困惑してるアンタが可愛くて。

「俺は優しくなんかありませんよ」
「…優しい奴は みんな口を揃えてそう言うんだ」
そう返されてわざと、ちょっと困った顔で笑いかければ、大佐はまた
どうすればいいのかというように、目線を横にずらし困り顔だ。

 自分のせいで俺が自由になれずにいると思っているアンタを、俺を
捉まえていると思ってるアンタを、どこまでも甘やかして優しくして
もっともっと俺の前でだけ弱くなってくれればいい。

 そんなことを考えていて、自然浮かんだ俺の笑顔にほっとした様子
になった大佐は、どこか幼い俺だけに見せてくれる顔をして、一緒に
微笑んだ。