緩やかな戒め



「人を…自殺願望でもあるかのように…」
勢いのないロイの抗議は、無意識の自覚があるからだろう。
「自殺…はないでしょうけどね あんたは人の為に、誰かの為に
やるべき事をやったら満足しちまうでしょう その後は…今まで
事を成すのに他人を巻き込まないよう作った壁のおかげで、未練
が少ない」

イシュヴァールでの行いを正当に評価するならば、アメストリス軍部
の所業は大量の殺戮だ。
だが、それは命じられたものであって個人の罪ではない、軍の罪だ。
――ならば、その罪は現大総統である、自分の罪だ。

「そんな三段論理を聞かされて、長生き願望があるようには思えん
でしょう」
「…だから…なんだと言うんだ」
「言ったでしょうあんたが愛されてるって自覚を持って貰いたいって
あんたは自分の過去を見詰める勇気がある 自分を裁かせようと
いう胆力もある そして…それらを一人で成してしまう力もある」
ハボックの一つ一つの言葉が、痛い。
「随分と手放しで褒めてくれるな」
苦笑することでごまかそうとするロイは、肩を竦め小さく呟く。

ロイのその仕草を見たハボックは、浮かべていた微笑を消し小さく
吐息をついた。
「だからこそ、忘れないでいて欲しいんです そんなあんたを…ロイ
を俺が愛しているということを 疲れてしまったら親友の元を訪れたい
なんて思う前に 俺を頼って欲しいということを」
「……」
「俺だけじゃない あんたの事を皆大事に思っています ブレダだって
ホークアイ大尉だって あのエドだって口では何のかんの言っても
あんたを好きだ だから…あんたが死んだら あの喪失感を俺らに
残すということを」

ロイを知る者たちの間では、禁忌とすらなっていた話題。受話器越しに
受け取った親友の最後の便りは、今もロイの心のどこかに喪失感
を刻んだままだ。
ヒューズの死の重さを突きつけてきたハボックは、痛ましさも同情も
なく、滔々と過去を並べロイへと現実を押し付ける。
「お前に……わかるものか」
かすれた声に秘められた、ヒューズへの思慕。

「わかりませんよ だけど…あんただって残される俺たちがどんな
想いをするか あえて考えないようにしているでしょう…だから忘れ
ないよう繰り返すんです 何度もあんたに愛してるって告げて 
…やるべき事をやったからって簡単に、あの人の元へ行かせてなんか
やりませんから」

訓練でざらついたハボックの指先が、ロイの頬へと伸びる。
「一度人生放棄しかけた人間に、惚れ直させる言葉与えて追いかけて
こさせた責任も取ってもらいたいですしね」
口端を微かに上げて、ロイを見守るハボックの眼差しは柔和で温かい。
「…どうやら私は自然死以外で亡くなれないらしいな」
「そうそう 諦めて長生きしてもらいましょうか…俺はあんたより先に
死なない努力をしますから安心してください」
「当たり前だ 努力なんて言葉で済ますな私より先に逝くなんて許さんぞ」
「せいぜい長生きして…あんたの寿命を延ばしてやりますよ」


「愛してますよ」
「…私もだ」
ようやくあわせた二人の視線は、救われた者の持つ穏やかさと優しさ
に満ちていた。