赴任したての東方司令部、書類ミスからはじまって連日の事件続き
のせいでいまだ俺の所属先は決まっていない。
とりあえずの仕事ということで、事務課手伝いで4階にある書庫に納品
手伝いをした帰りの廊下、明るい陽射しに引かれ窓外を見下ろした。

偶然見つけた裏庭の陽だまりは、どうやら茂った植え込みと一本
の大樹のおかげでこの立ち位置からしか気付けぬらしい隠れた居心地
良さげな場所だった。

大勢でわいわい食べる食堂のメシもいいけれど、今日は演習で疲れていた
ので、一人小休憩を取りつつ昼食を取るには丁度良さそうだとパンやバケッ
ドサンド、甘めのコーヒーとブラックコーヒーのパックを買ってその場に向え
ば、そこには既に先客がいた。

人間二人が寝転んで少し余りある木蔭にいた相手は、くぅくぅと気持ち良さそ
うに寝息を立てて、俺が真横に来ているのに起きる様子はない。
上着を式布代わりに敷いてシャツ姿で眠っいるので階級は解らないが、
黒い前髪の下に覗くどこか幼ささえ感じさせる寝顔から判断すれば、多分
俺より年下…まだ入隊したてといった所の年齢だろう。

まだ座るには充分なスペースはあるが、横で包みを開く音などをさせては
目を覚まさせてしまうかもしれないしと、紙袋を抱えたまま逡巡している
間に、相手はゆっくりと瞼をあげ寝転んだまま俺を見上げた。
「あ、悪ィ 目ェ覚まさせたな」
軽く頭を下げ、誰だと無言で訴えかける目線に苦笑して丁度良い場所を
見つけたから、昼飯をここで取ろうかと思っていたのだと告げれば、相手
は合点の言った様子で少し座る位置をずらした。

 相手はぼーっと寝惚け眼で無言のままなのだが、これはそこに座っても
良いとの意志表示だろうと判断し、横に座った。

さやさやという葉擦れの音と、枝の隙間から洩れる陽射しは心地好くここ
で眠りたくなる気持ちがよく理解できる。
「どっちがいい?」
二種類のコーヒーを差し出せば、相手は意図が読めぬようで小さく首を
傾げた。

「先客に敬意を払って場所代 甘いのとブラックどっちがいい?」
「…ああ…そういうことか 別にここは私個人の場所という訳ではないの
だから気を使わなくて良い」
見た目に合わぬ尊大な口振りだけど、この顔付きのせいで侮られないよう
頑張っているのだろうと思えば、まあ微笑ましいかと気にはならない。
「気にするなって ほらパンもあるし一緒に喰おうぜ 一人だけよりは
会話しながらの方が楽しいだろ …でどっち?」
「では…甘い方を……ってまさかそれを全部食べるのか?」

俺が紙袋から次々取り出すサンドウィッチや、デニッシュにパイ・フォカ
ッチャやプレッツェルに加えトドメとばかりスコーンも並べたら、その
様子を眺めていた相手は、呆れた声で尋ねた。
「んーまあちょっと量が多いかなって自分でも思ってた」
「…ちょっと…?」
「軍人は体が資本だぜ お前もしっかり食ったほうが良いって今からでも
成長間に合うかも知れねえし」
「…この年でこれ以上成長するものか 見ているだけで食欲なくした」
「そう言うなよ 先に選ばせてやるから」

げんなりと顔をしかめた様子が、学生の頃の俺の食欲への周囲の反応に
似ていて、思い出とともに何となく心が浮き立つ感じだ。
地面に寝ていたせいて、頭に付いた葉っぱを摘んで取ってやれば、間抜け
な姿を晒していたのを恥ずかしがるように、相手は頬を染め横を向いた。
「……ではそのアップルパイを」
「他は?このハムサンドとかチョコスコーンとか美味いぜ」
「…遠慮しておく…って!これは本心の社交的断りで遠慮じゃないっ!
そんなに喰えな……いらんっ寄越すな」
アップルパイ一つとコーヒーだけで昼食を済ますなんて、体が持たねえ
だろうと追加して膝上にどんどんパンを追加してやれば、相手は本気で
困った顔になり申し訳ないが、笑ってしまった。

「…お前 ここに来てまだ間が浅いな?いつか礼はしてやる」
「あーご名答 なんか事務部でゴタゴタがあったとかで現場からこっち
移動になったんだけどまだ配属も決まってねえんだよ …よく解ったな」
「私を知らないんだ そんな奴は新人に決まっている」
「えーっと…アンタ有名人なんだ」
「それなりにな」

しらっと言い返した辺り、冗談なのか本気なのか区別が付かないがまあ
かわいいと言っていい顔つきだし、その姿にそぐわぬ喋り方だしで、ちょ
こまかと動くマスコット的存在なのかもしれない。
何のかんの言いつつも、渡された食べ物を無駄に出来ぬ性質らしく相手は
美味そうにアップルパイを食った後、素直に拒み損ねていた膝上のスコー
ンにも指を伸ばした。

会話が弾んだとは言いがたいけれど、偉そうなのに押し付けがましくなく
さらにと追加で渡したサンドウィッチをもそもそと食べる姿は、失礼だけ
ど小動物を餌付けしているようで、心が安らぎ楽しかった。

「…チャイムが鳴ったな」
「お、そろそろ行くか…ホラ 立てるか?」
「女性じゃないんだから、抱き起こして立たせる必要など無いぞ…」
「あー悪ぃ 何となく手が伸びた」

昼休みが終わったと、座り込んだままの相手の脇の下にを手を差し込んで
立たせると相手は苦笑しつつ手を振って、本部へと戻っていった。
別れた後、名前も所属も聞かなかったと初めて気付く。
残念に思ったが、同じ司令部に勤めてりゃまたすぐどっかで逢えるだろう
その時改めて名前を尋ねればいいかと考えていた俺が、三日後配属の決ま
った先は……見覚えのある黒髪。

「パンの礼だ お前は上官とのトラブルが多いと持て余されてるようだな
私が引き受けてやったぞ」
 にんまりと笑う小動物……もとい上官の前で硬直する俺を見たロイ・
マスタング中佐は声を立てて、してやったりと笑っていた。


追記・その後、裏庭の陽だまりで昼寝中の上司を捕獲してくるのが俺の
仕事の一つとなったのはいうまでもない。


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アップ…してないよね これ多分?(ファイルに適当につっこむクセをもう少し
自重せねば…)あまりシリアスでない出会い編も書いてみたいなーと以前とは別話で
両者自覚ないけど淡い一目惚れ希望