専任仕事


鼻が利くと言う理由で、ジャン・ハボックは大佐捕獲係に任命された。
「…何スか それ」
困惑気味に頭を掻くハボックに、ホークアイは表情を変えず答える。
「今まで何度か色んな人に 仕事から逃走する大佐の探索をお願いしたの
だけれど 貴方が圧倒的に発見率が高くて必要時間も短いのよ」
要は、サボるロイの発見役を専任でしろと言う事だ。
代わりにその間の書類仕事は、自分やブレダが請け負うと言われては、
ロイに負けぬぐらい、その仕事が苦手なハボックに否は無かった。

「なあ…でもさ 俺が書類やりたくないから大佐と一緒にサボったら
どうすんだ?」
ホークアイが去った後、軽口で尋ねたハボックに、ブレダは真顔で答えた。
「以前食堂でカードゲームが盛り上がってな 休憩時間が5分過ぎていたん
だが大佐が構わんというので賭けを続行しようとしたんだ」
「うん…それで?」
「カードが1枚滑って入り口の方へ飛んだ…と思ったら誰かが拾った」
ブレダは意味ありげに、そこで台詞を止め、それがどう続くのかと待つ
ハボックに、にやりと笑う。

「直後にそのカードが 大佐の耳横ギリギリに飛んできて 壁に刺さった」
「……何それ」
「食堂入口にはニッコリ笑う中尉が立っててな『休憩時間は終了している
ようですが?』と一言 机の上には積まれたカードの上に断ち切られた数本
の黒髪」
「こ、怖えぇぇ…」
その情景を想像したらしいハボックが真顔で呟くのに、ブレダは深く頷きを
返した。
「俺はあれを見て以来 それでもサボる大佐をある意味尊敬した」
「…俺 仕事ぜってぇサボんねぇ…でもいない間はブレちゃんよろしく」
「おお 今のを聞いてサボれる度胸があればお前も尊敬してやる」
「…いや ねえから無理」

勘と経験からロイを探すのは得意になったハボックだが、問題は発見後だ。
普段の警戒心は人一倍のクセに、信頼している者の前でのロイの無用心ぶり
は、イタズラ盛りの子猫並だ。
木陰で気持ちよさそうに眠るロイを、ハボックが横でしゃがみ頬をつついて
も、まったく目覚める様子が無い。
かといって無理に起こすと、その後のヤツ当たりを受けるのは自分だ。
ホークアイのように、サボタージュに対して殺気を漲らせるという、器用な
技を使うのも無理。
―担いで帰るという荒業も可能だが、緊急時以外は自分も恥ずかしいので、
できるならばやめておきたい。

タバコ一服ぐらいなら、サボりにならんだろ。
屈みどうしようかと一服するハボックは、信賞必罰を実行することにした。
つまりは直接叩き起こすのではなく、サボる子にはお仕置きというやつだ。

初日から一週間はロイの指先に黒のマニキュア。机に帰ってから、やっと
自分の爪に気付いた大佐に喚かれたが、反応が楽しかった。
次は口紅。(もっともこちらはすぐに拭えてしまうので、初日以外失敗。通り
縋りの奴らの反応が面白かった)
リボンのバレッタ。(違和感に気付いてすぐ外してしまいあまり遊べなかった)
ネコ耳カチューシャ。(同上)カチューシャだから駄目なのかと髪型をワックス
使ってネコミミ状に成形。(似合いすぎて、笑いをこらえるのが大変だった。
起きてすぐ髪を整えるようになったので、初日以外失敗)

――いったい自分は何をやってるのだろう
これだけやっても、まだロイは仕事放棄しどこぞで眠っているのだ。
こうなりゃヤケだと手に黒マニキュア塗って、髪の毛ネコミミにして、猫耳
の付け根辺り部分にリボンのバレッタ付けて、ネコ尻尾を装着させても
目を覚まさないロイ相手に、ハボックは小さくため息をついた。

信頼されているのは、嬉しい。
嬉しいが、この無防備さはどうなんだ。
頬をつついて、ぷにょぷにょの指触りの心地好さに、変質者が全身を触り
たくなったらどうするんだ。
サラサラの髪の毛を指で梳いた記念に、髪の毛を持ち歩くようになったり
するヤツが出てくるかもしれない。
そういや失敗はしたけれど、寝ぼけまなこに猫耳は最高に可愛かった。
あんなのが木陰で眠っていたら、お持ち帰りされてしまうじゃないか。
考えれば考えるほど危険領域に踏み込みそうで、ハボックの思考は暗澹
へと渦巻いていく。


「大佐ぁぁぁぁっ!」
物凄い勢いで肩を掴まれ、前後に揺らされれば流石のロイも、すぐに目を
覚ました。
「な…なんだ!?」
「駄目です!こんなところで眠ったりしては!!危ないじゃないっスか」
本日のロイの逃亡場所は、屋上給水タンクの陰でお気に入りのひとつだ。
何故に今更と、目を丸くするロイにハボックは、真剣な面持ちで続けた。
「いいですか大佐 いつ如何なる時でも危険は付き物なんですよ!」
「あ、ああ…そう…だな」
「そんな猫耳尻尾姿でふらふら歩いて… 誰かに捕獲されたらどうするん
ですか!」
「…待て それはお前が…」
「大佐が俺の前で警戒しないから イタズラされるんスよっ」
無茶苦茶を言われているが、普段茫洋としているハボックに畳み込まれ、
勢いに負けたロイは、分かったと小声で首を縦に振った。

だが、それでも。
クールな国軍大佐を装ってはいるが、中身はどこか子供同然なロイは疑問を
素直に口に出した。
「…お前相手にこれからも警戒しないとどうなる?」
多少のイタズラ如きでは、目を覚まさない自信があるロイとしてはハッキリ
させておきたいのだろう。
「えーっと……チューします」
「…は?」
「殴るわけにはいかないし突っついても目を覚まさないんじゃ 残るはこれ
ぐらいしかないでしょう」
冗談ではなく、本気なハボックに今度はロイははっきりと頷いた。
「……お互いのために、気をつけるとしよう」

この日以来、ハボックによるロイの探索時間は、大幅に削減された。
一ヶ月を過ぎた頃に、顔を真っ赤にしたロイと、頬を押さえてその後を追う
ハボックの姿が目撃され、司令部内では様々な憶測で噂となったのだが、
何があったのかを二人は、決して話そうとしなかった。

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濃厚なやつをされてしまったようです