お友達から


幼くして両親と死に別れ、養育してくれた人は女手一つの叩き上げ、
たまに居住区に訪れてくる「オミセノコ」というのは女性ばかり。
成長したロイが自分の環境が特殊であると知ったのは、士官学校に
入ってから間もなくで、それまでの世界というのは圧倒的に女性と
いう存在ばかりで支えられているのだという思い込みは粉砕された。

いや、粉砕どころではない。むしろほとんどが男という場所で、世界
が反転してしまったといっていい。
唯一成長の過程で知った同性であるホークアイ師匠は、男女以前
の問題で人との触れ合いといったやり取りを避ける人物であった為
ロイは同性―男同士というのはけして触れ合わぬものであると認識
していたのだ。
異性――男女に関しては、夜の店で色々見ていたので正常な対人
距離を会得していたのは幸いだが、それすらも男同士で肩を組ん
だりじゃれあうという強烈なスキンシップを見てしまうと混乱を招く。

結果 ロイの脳裏では男同士のベタベタも異性の触れ合いも普通の
ことなのだと擦り込まれてしまい、そんなコミュニケーションは自分
には不可能であると、男女を問わぬ師匠並な人見知りになって
しまっていた。

そんな士官学校内で、ロイが唯一といっていい興味を惹かれる相手
が同期のマース・ヒューズだった。
錬金術というプラスポイントがあるおかげで、ロイが入学以来の首席
扱いとなっているが、学術や耐久といった純粋な成績面だけを取り
上げるなら自分より上。
それでいて優等生ヅラではなく人懐っこく、周囲に溶けこみ教官達
もロイとは違った面で一目置いている人物だ。

初対面でロイを上から下まで見下ろした仕草も嫌味がなく、次席で
あったのに拘ることなく、ロイに掌を差し出し「アンタが噂の超有望株
か…よろしくな」と快活に手を握った。

そして、それきり。

優等生であるという事で敬遠されているロイに対し、ヒューズはいつ
見ても誰かに囲まれ、優等生であるという点を頼りにされていた。
錬金術師でなくとも、頭の良い者がいるのだという発見と驚きは
ヒューズへの興味を最大にかきたててくれるが、残念ながら今の
ロイには話しかける術がない。

ならば、と探ったのが幼い頃の記憶。
マダムの店の準備時間、早めに出勤してきた女性たちが暇つぶしに
と小説や漫画を眺めてることが多々あった。
その中の「パンを咥えて 街角でぶつかる」というシチュエーション
が一時期やけに多く、疑問に思ったロイが持ち主に尋ねると
「うーん …仲よくなるのに必要なプロセスなのよ フラグといって…
…まだロイ君には早いかな」との答え。

…当時女性の膝上で眺めた漫画の記憶はほぼ無いが、ならば今
こそヒューズと『仲良く』なるために利用させて貰おう!
その結論に至ったロイが、パンを咥え廊下の角で立ち尽くすという
奇行に走ったのが三時間前だった。

その噂を聞きつけたヒューズが、天下の優等生殿が何をやってるん
だと見物に出向いたのが二時間前。
直後、パンを咥えたロイの全身の体当たりを食らい、気絶する羽目
に陥ったのが一時間五十五分前。

父親との触れ合いや兄弟とのケンカといった経験の無いロイに
手加減という文字は無かった。

三十分前に目を醒ましたヒューズは、ロイの行動の理由を聞いて
盛大に吹き出し、涙が出るまで腹を抱えて笑い転げた。
「すっげぇ……頭良いのに…教官たちにはばっちり素直な良い青年
演じてるのに…いきなり同期に体当たりって……わ、笑いすぎて
息が……あ、悪ぃ けなしてる訳じゃないぞ」
ひとしきり笑い目尻を指で拭うヒューズは、顔を紅く俯くロイに向き
直る。

「とりあえず 友達からよろしく?」と二度目の握手を求め、年の
割には決まったウィンクと共に掌を指し出したヒューズは、ロイを
医務室の寝台から見上げると、柔らかく破顔した。

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Rさんのパンを咥えたロイと眠るヒューズの絵からの妄想話です(掲載許可ありがとですv)
二人は基本ヒューズが世話焼きでってのがで多いのですがこんな話もありかな…と
貰ってくださった上、髭ハボ漫画までいただいちゃいましたよひゃっほーい!