些細な遵守

「なあ少尉 よくああいう面倒な命令に従えるな」
マスタング隊の応接室で、背凭れにぐったりと寄りかかるエドワード
のハボックへの台詞は『自分なら無理だ』の意思表示だ。

遠方からはるばる戻り、荷物もおかぬまま挨拶に訪れるや否やちょうど
良いところにきたと、軍部の下士官相手に麻薬を売ろうとしていた組織
との捕物劇に巻き込まれ、ものすごく簡略な説明だけで現場に放り出さ
れたエドの主張は、正しいだろう。

「あー…どこも上の出す指示なんてそんなモンじゃねえの?」
東方司令部名物、まずいコーヒーを差し出してきたハボックは、上着
を脱いで黒シャツにオーバースカート姿だ。
当初はハボック相手にも食って掛かったエドだが、ハボックが現場で
二日完徹だと聞いてからは、愚痴る程度にしかヤツアタリはしていない。

「…そうなのか?」
「大将は大佐の命令のどこが面倒だって?」
疑問に疑問で返すハボックに、エドワードは指折り数える。
「まず相手のボスの特徴と場所と隠し通路の可能性、おおよその人数を
1回言ったきりで車に乗せられて現場直行だろ それから俺に何の説明
もないままアルを別行動させただろ それから…えーっと…そうだよ大体
アルは軍部に属してねえのに なんで勝手にまきこんでるんだよ!」
「…大佐は 大将のこと信頼してんなあ」

窓辺によりかかったまま、自分もコーヒーを啜るハボックの台詞は他意が
ないだけに、エドワードの怒気は削がれた。
「信頼!?何でだよすっげー適当にしか相手にしてないクセに利用して
やる気満々じゃねえか」
「俺なんて ボスの特徴と『生かして捕まえろ』以外の説明も命令も出さ
れてねえし」
「…は?」
「今回は突発だったし情報が少なかったせいもあるけどな でもまあ大佐
にしてみりゃ 作戦もないんだから俺には最小限の必要情報以外不要だ
って判断したんだろ それに比べて大将には色々話したって言うんなら
大将ならその情報を活かせるって大佐が思ったからじゃねえの」

庇うというより、信頼をこめた事実の説明と言った風情のハボックはエドの
髪を軽くかき回すように撫でる。
「アルフォンスを引き離したのは……これは憶測じゃなく事実なんだが
何分さっきも言ったように突発で起きた事件だったからな …調達できた
車がギリギリだったんだよ」
「…だから?」
「…大将を乗っけるスペースはあっても……」

「アルフォンスを乗せる場所はなかったということだ」
扉を開けて帰ってきた部屋の主は、三十路とは思えぬ若々しい声で告げ
大股で二人の横を突っ切り、自席へと勢いよく腰を落とした。
「そしてついでと言ってはなんだが、個人的調べものがあったので アル
フォンスにはバイト料を払いレポートをまとめてもらっている いやいや
こちらは省エネスペースな国家錬金術師に マメな気配りが出来る錬金
術者が戻ってきてくれて助かったよ」
「誰が省エネスペースだっ!! 少尉やっぱり大佐ってば俺らを利用しま
くりじゃねえかっ 大佐が出してくる命令なんて面倒ばかりだっ!」

自身も軍部に属する身であるのだから、保護者代理的な上司に当たる
ロイの命令をエドが聞くのは当然なのだが、ロイの方が自分の半分程の
年齢のエドをからかうのだから、処置なしだ。
ロイなりに、気を使わせないようにしているのではないかというのが、心優
しいフュリーの主張だが…単にロイは見た目と同様精神年齢も一部若い
だけなのではないかというのが、他社の統一された意見だった。

「俺? 俺は面倒なことはあんまりないからなあ…ま、頑張れ大将」
「面倒じゃないって…ちゃんと指示も出さないで『生け捕り』してこいなんて
無茶とかムリとか面倒としか表現できねえだろ?」
「んーー…まあそうかもだけど 俺にしてみりゃ結局守る命令は一つなん
だよな『マスタング大佐の言う事を聞く』ってだけで」
「だからそれを普通は…」
「俺は楽なんだって 何も考えず大佐の命令にさえ従えばいいんだから」

しらっと言ってのけたハボックの台詞は、聞きようによっては相当な告白
以上のものだ。
その真意を察していない筈のロイは、大人の対応で書類に没頭している
フリをして聞き流している。

「…なあ 報告書明日でいいだろ」
駄目だといっても聞いてやらんと立ち上がったエドに、ロイは片手を挙げ
る事でOKと答え、そのまま手を振った。

「…少尉…俺が言うのもなんだけど…もう少し発言色々考えた方がいいと
思うぜ…」
よろよろと部屋を出て行ったエドワードの台詞に、なんでと首を傾げる
ハボックの様子は、犬が不思議なできごとに出くわした時の表情そのまま
だった。
「大佐 大将の台詞の意味わかります?」
「……エドワードの方が 人付き合いに関しては賢いということだな」
「えぇーーっ アルフォンスならまだしもっ俺大将以下っスか?」

今の発言もエドに対して、失礼な内容になるとまったく気付いていない
ハボックは、疲れているはずのロイが浮かべた微笑みにまた少し首を
傾げた。