運命なジンクス


東方司令部には、密かだが根強く信じられているジンクスがあった。
一方が咥えタバコで左手にコーヒー、もう一方が右脇に書類を掲げ
軍部御用達スリッパで駆け足の時、玄関で両者が正面玄関で正午に
出会うと、その二人は運命の恋人として結ばれるというものだった。

実際問題規律が厳しい軍部という場の、顔ともいえる正面玄関でそんな
姿をするものなどおらず、ありそうでありえない条件を並べただけの、
都市伝説だと誰もが思っていた。
…つい先ほどまでは。

提出書類を抱え小走りに足を進めるロイが、食堂へコーヒーを購入
しに出向いたハボックと、ぶつかりそうになったのが正面玄関前。
あいにくその日は豪雨で、外回りから帰ったロイは靴を乾かすため
スリッパ姿だった。
「…大佐またぎりぎりっスか」
「うるさい」
一言を交わし、取りすぎようとしたハボックとロイの姿を見た下士官の
一人が、時計を眺めつつ大声を上げた。
「ジンクス成立だっ!」

少し離れた場に居たもの、叫びを聞いて駆けつけ、感心した顔をする
者、時計と二人を交互に見比べる者、「少尉っ……」と呟き顔を歪ま
せる者「…大佐ァ」と肩を落とすものと千差万別の反応だ。
だが、何より1番驚いているのは当人達だろう。

「……私の赤い糸の相手はしとやかなレディだと思っていたんだが」
「それ言うなら俺だって 自分の運命の相手はバインバインなお姉
ちゃんだと思ってました」
真面目な顔のまま見上げるロイに、ハボックもしれっと返す。

「とりあえずこれは何かの間違えということだ 諸君」
「そーそー ホラ散って散って」
にこやかな笑顔で振り返ったロイと、掌を上下に振るハボックの言葉
は「運命の瞬間見ちゃった!」と両手を胸前で組み合わせている女性
達や、「そんな…大佐(少尉)相手じゃ…対抗できねえっ…」とうなだれ
る野郎どもの耳には届いていない。

「ハボック 何とかしろ」
「大佐こそ何とかしてください」
その場限りの都市伝説だとタカをくくっていた二人を尻目に、この出来事
は驚くほどのスピードで噂になり、司令部ばかりか街中の市民たちまで
知るところとなる。

人の噂もなんとやらと、放置していたロイは待ち合わせに現れた女性に
涙目で「運命の相手がいる人に…敵わないもの……っ」
と告げられ弁明の余地もないまま別れる羽目となり、ハボックはと
言えば…言わずもがなだ。

それでも懲りずに誘いをかけても曖昧に微笑まれたり、涙目で見つめ
返されたりの日々が続き、ロイもハボックも女性とのお付き合いが縁遠く
なっていくばかりだ。
たまたまだ偶然だと幾ら言葉を重ねても、その滅多にある筈ない条件
をクリアしたからこその運命の恋人だと言われ、じわじわと重圧が増し
ていく。

本日に至っては、チェスのお相手にと召還をかけてきた東方司令部最高
地位の中将に「いやあ そろそろ君の結婚式の招待状を貰う頃かと
思ってたけど…わからないもんだねえ」と真面目に告げられ、反論を
する前にチェックを詰まれてしまったと、ロイは机に突っ伏した。

「…いっそのジンクス打破で 試しにつきあってみます?」
「お前っ…それでは打破じゃなく認めるものだろうがっ!」
「そうじゃなくて… 付き合ってます宣言したけど2週間ぐらいで
『やっぱ無理でした』宣言すれば 運命なんかじゃなかったって事に
なりませんかね」
「…なるほどっ ハボックお前はたまに鋭いぞ」
「どーも」

付き合ってるフリをしているロイが、それらしさを醸し出さねばと向けて
くる笑顔にときめいたハボック。
ハボック以外には、胡散臭い笑みにしか見えぬ微笑だったが、何故か
クリティカルヒットを与えたらしい。

「ふり…とは言え、今までより親密にしてなくちゃ信憑性薄れるでしょ?」
と、構いながらロイの面倒を見、部下として以外の笑顔を見せてくるハボ
ックは、公平に見ても頼りがいのあるイイ男だった。
元々一人を好むとはいえ、自分を構いたがる相手にどうも弱いロイには、
ハボックの行動は充分な有効打になった。

……一ヶ月たった今も、二人が別れた宣言は聞こえてこない。


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お互い同性への気持ちには鈍そうなので、こんな切っ掛けもありかなと
地震続きの気分転換で軽めのお話をと書いたら、甘さが微塵もないハボロイ未満になりました