| フフと、ビーカーに入った液体を見てほくそ笑むロイの姿は、日頃 着慣れた青い軍服でない。 襟元をボタン二つほど緩めたホワイトシャツ姿であることも相俟って、 ハタから見ればまるで、マッドサイエンティストのようである。 今のロイの行動は怪しい実験中。 その行いは軍人としてではなく、個人の探求心からのものなので、 「まるで」ではなくマッドサイエンティストそのままだといっても過言 ではなかった。 液体に指を浸したロイは、雫を舌先でぬぐって満足げに微笑んだ。 「ふむ…色合いは薄いオレンジで、味も上々 これならばハボックも ビタミン栄養補助ドリンクとして渡しても疑念を抱くまい」 連日の時間差勤務で、すれ違いがちになってしまうのはありがちなの だが、それが続いて十日間。 ハボックと顔を合わせるのは、仕事の引継ぎで運が良ければ出会える という僅かな時間だ。 互いに出張や特別警護に当たっているのならばともかく、日常勤務で 会話すらままならないのは、ロイにとってどうにもストレスだった。 同等扱いは一般的には失礼に当たるが、ロイの心境としては大好き で何より大事な飼い犬との触れ合いを、長時間禁じられているも同様 だ。 無理やり時間を作ろうと、たまたま司令部勤務が重なった昼休みに そっと仮眠室へ潜り込めば、連日の現場勤務で疲れ果てた様子のハボ ックは熟睡していて、自分の為に撫でさせろとか起きて会話しろとは いかに二人の付き合いに関しては自分本位な傾向があるロイとて、言 いだせずにいた。 …つまり今のロイは、アニマルテラピーならぬハボックテラピーを心より 欲しているのだ。 ならばと企んだのが、錬金術を利用しての栄養補給強壮剤。 基本滋養の高いものは、その代償からか独特の粘りや臭いがあるもの が多く、あわせての服用は困難である。 それら栄養価だけを取り出し融合させ、飲みやすい形に再構築させよ うというロイの試みは見事に成功し、現在ビーカーの中には一見オレ ンジジュース、でも中身はそりゃもう色々と凄いんです、体力回復(多分) 間違いなしな液体が、なみなみと揺れていた。 意気揚々と個人執務室に戻るロイは、道のりである大部屋でハボッ クを確認する。疲労した様子で書類業務を行う姿はどこかヤサぐれて いて、いつも見せる茫洋とした安心感のある笑顔はどこにもない。 「ハボ お前今日もう上がりだろ?」 「んーまあそうなんだけどさ…」 「疲れてるならとっとと帰って休めよ …あれ大佐お帰りなさい」 入り口のロイの姿を認めたブレダが会釈で頭を下げ、ロイも軽く頷き ハボックへと向き直る。 「ハボック少尉 日頃の体力自慢はどうしたね」 「…別に俺はそんなもん自慢した覚えないっス」 「まあいい 少しばかり用件があるからついてこい」 「…えっと…でも今俺もうヤバいんスけど……」 「すぐ終わる」 言い捨て先へと進むロイを見て、ハボックは諦めた様子で吐息を ついて後を追った。 個人執務室に戻ったロイは、市販の瓶に移し変えていた液体を紙コ ップに注ぎハボックの前へと置いた。 「ほら 飲め」 「え…っと?」 「疲れているときには甘い物を摂取した方がいいからな」 極上の笑顔で見上げるロイに、ハボックは顔を紅くし頭を下げた。 「あ…りがとうございます」 一気に飲み干したハボックは、「甘いけど美味いですね」とにっこり 笑って、紙コップを屑籠へと抛り投げた。 ――よしっ少しハボックの表情が明るくなった! これならば触れても嫌がられるまいと、久々に再会した飼い犬を 触れる心持ちで、ロイがにこにことハボックの頭を撫でる。 だが、指先を首筋辺りまで下げようとした瞬間、強い力で手首を掴ま れ、それ以上の動きを封じられた。 「…ハボック?」 「すみません…我慢…しようと思ってたんスけど…」 言うなり、職場で上司部下としての適正距離を置いていた空間は 一気に縮められ、ロイはハボックの腕の中にいた。 「こ…こらっ離せハボック!場所をわきまえろっ!」 「無理っス もう大佐に触りたくて触りたくてずっと我慢して今日も 顔だけ見たら帰ろうと思ってたのに…二人きりになって…」 「…ハボック…ひとつ確認させてもらう」 「何スか」 「お前が元気がないのは疲れていたからではないのか?」 「疲れてるように見えてましたか?多分 大佐に会いてぇ顔見てぇ… 触りてぇってずっとずっと思って我慢してたからそう見えたのかも」 「し、しかしお前はここの所ずっと瓦礫片付けだの大荷物の運搬だの の体力的な現場処理だっただろう?」 「そうっスけど… 別にアレぐらい普通でしょ?」 ――普通じゃないっ! 普通なら体力なくなって半死状態になっても おかしくないハードワークだ!! 「俺頑張って我慢してたのに… 大佐が二人きりに誘ってくれて…… 飲み物用意してくれて…」 …その飲み物はしかも滋養強壮満点な訳で…なんて、内心で続けて いる場合かロイ・マスタング! 「もう…我慢限界っス……」 「バババ、バカ!ここは職場だ ドアの向うにはブレダ達がいるのだぞっ! 離せっ」 「鍵 かけましたから」 いつの間にだっ!!! ロイの怒鳴り声が発せられるより早く、その唇はハボックのそれで 覆われ、ロイは作り上げた薬の効能を己の身を持って知るのだった。 |