高性能な犬


リタイア復帰後、更なる鍛えられた肉体で還ってきたハボックは
精神もいろんな意味で強くなっていた。

元々マイペースであったが、それが輪をかけていて、世渡り処世術
というか、世間のあり方を学んだというか、色んな言い逃れやごまかし
まで覚えてきたのだから、精神肉体どちらをとってもほぼ無敵だ。
元々部下から人気のある男ではあったが、今ではカリスマレベルで
慕われているといってもいいぐらいである。

…だが、そのカリスマの行動の、実際の裏でのやり取りを知っている
別のカリスマ上司であるロイとしては、ハボックに説教を与えな
ければいけないことが幾つも存在していた。

例えば、他の部隊の裏帳簿から武器購入費をちょろまかしてくる
だとか、過去の軍上層部と密約かわして、市場よりも3割がた高い
製品を納入していた業者を脅しあげて、格安で整備品を納入させて
いるだとかは、経緯をしれば一応上司としては説教をしておかねば
ならぬ事態である。

「だからっ…お前のやり口は穴があるんだ!何故私に相談しない」
…つまりは裏ルートのやり取りそのものではなく、ハボックが黙って
上記行動をしたことに対し、ロイは腹を立てているらしい。
「大丈夫っスよ マスタング少将ぐらいしか気付かないようにやって
ますから」
「そういう問題じゃないっ!」
少しいらだちを込めて、拳で机を叩いたロイは、その前に立つハボック
が物いいたげに自分の顎鬚を指でなぞるのをみて、眉を顰めた。
「何かいいたいことあるなら 言え」
「いや 別に」
「言え」
不機嫌に睨むロイに、ハボックはしょうがないとばかりに肩を竦め
「大佐…じゃなくて 少将の怒った顔は可愛いなあと思っ…うわっ
あぶねっ!」

ハボックの台詞が途中で終わったのは、置時計がとんできたからだ。
難なくキャッチをして、ロイの机の上に戻すと同時にハボックはもう
片方の手で、ロイの頭を撫でた。

「…だからっ!貴様はっ!!何がしたいんだっ」
ロイは力を込めてハボックの掌を頭上から外そうとするが、涼しい顔
したハボックの動きは変る事がない。

「まあ俺がしたい事といえば…アンタの役立ちたいっつーことっスよ」
ロイを見下ろすその表情は、悪戯めいたそれでいて男クサイ笑顔。
「…ならば、私にも気付かれぬほど徹底して隠せ」
「いやあ…それは…」
「無理ならばやめろ」
「いや無理じゃなくて かくしてやっちゃうと可愛い少将の怒った顔が
見れなく…おっと」

ひょいと身をかわしたハボックの立ち居地には、焦げた跡。
「あ、いけね 俺小隊訓練の時間なんで行って来ます」

怒りで口がきけなくなっているロイを尻目に、ハボックは手を振って
にこやかに廊下へと姿を消した。
「お前な… 帰ってきてからタチ悪くなってねえか?」
ロイの勘にさわらぬよう、早々と部屋外にいたブレダが呆れ顔の言葉に
ハボックの表情はどこか酔ったような、…それでいて狙いをさだめた
肉食獣を髣髴させる笑みを浮かべた。
「一度あきらめたモノが 目の前に戻る奇跡があったんだ どんな搦手
使っても手に入れようと思うのは普通だろ」
「…力強い同僚には感謝と頼もしさだがな…少将に少し同情するぜ」

ハイスペックになった元護衛役の部下が、今では犬を通り越し肉食獣に
成長していると告げるべきか。
書類にヤツアタリ気味にサインをしているロイを、ブレダが遠い目で
みつめている奇妙な光景が、その日マスタング少将の軍務室では
何度か目撃されていた。