傾国と警告


 天下の国家錬金術師である上司に、玉砕覚悟で気持ちを打ち明けて
はや数ヶ月。絶対に間違えなく確実にフラれて、傷心の俺は北方司令
部に跳ぶ破目になるだろうと覚悟を決めていたのに、…何故かOKの
返事を貰えて幸せだったのは、まだ記憶に新しい。
 けれど…現在、脳裏を支配しているのは『欲 求 不 満』の四文
字。いやこう言うと、ケダモノかお前はと思われそうだが こちらの
言い分だって聞いて欲しい。

 友人達に、思わずぼやいて「ノロケるつもりか」だとか「付き合う
相手がいるってだけで充分じゃねえか」などと言ってくる奴らだって
『付き合って数ヶ月点未だに恋人と唇を合わせる程度のキスしか許さ
れてない』と告げれば一転して、それは…という顔に変わる。
「…超清純お嬢様だとか」
「いやむしろ発展家イケイケモテモテ 俺が知ってるだけでも相手の
数片手じゃ足りない」

「…それってお前騙されてるんじゃないのか?」
「あ、いやだけど俺とつきあうようになってからは 全部手ェ切って
くれて…今他に付き合ってる人いないし」
「すっげェな よく修羅場迎えなかったな」
「いやそれが…どの相手も円満に別れてて 誰一人たい……ゲフッ
いや、その…俺の恋人のこと恨んでないんだ」
「すっげえなソレは…奥手どころか超ヤリ手じゃん 見た目も派手な
イケイケなのか?」
「いや…それが…見た目清純派 俺より小さいし(まあ俺よりデカい
人間そのものがそんなに存在しない訳だが)髪サラサラストレート
だし 偉ぶってる時だって基本品がある喋り方するし(嘘じゃない)
年齢相応にとても見えねえ童顔だし…(これだって本当だ)」
 指折りで大佐の見掛けの特徴を数えている俺を見て、それ迄黙って
話を聞いていた薀蓄好きの同期の一人が、ボソリと割って入った。

「…それって悪女の中でも有る意味最悪の傾国…って奴じゃねえ?」
「けーこく?」
 声の響きだけで意味が何に当たるのかが解らなかった俺は、発音を
そのまま返す。警告…悪女が最悪の警告を俺にしてるって意味か?
渓谷…悪女の渓谷 意味解らん。
俺の顔を見て、声を掛けてきた奴は水滴でテーブルの上に『傾国』
という文字を書いた。
「たまに言うだろ傾国の美女…とかって」
「あ、それなら聞いたことがある」
どうやら意味が掴めてなかったのは俺だけではなかったらしく、後ろ
から覗き込んだ奴が頷いていた。

「東の方の国で昔、滅ぼされた国の姫が美人だったから連れて帰った
王がいたんだけど その姫が何をやっても笑わない
ある時絹を裂いたらその音で『少し胸がスッとする』って うっすら
微笑んだので王がありとあらゆる絹を用意して 引き裂いたんだけど
またすぐに笑わなくなってしまう 暫くして王がうっかりと『国が滅
びる危機が起きた 兵士達全員集合せよ』という狼煙を間違って上げ
てしまい 兵士達が必死で集まって来るのを見て初めて姫が声をあげ
て笑ったそうだ」
「…で?」
「姫を笑わせたい一心で 何度ものろしを上げた王はやがて『また嘘
の合図か 女を笑わせるだけで馬鹿馬鹿しい』と見放されやがて本当
に敵国に攻め込まれて滅ぼされちゃいました」
「それが たい…いや、その俺の恋人と何の関わりがあるんだよ」
「だからお前の彼女は そういうタイプの破滅系を招く美女なんじゃ
ないかって事だよ 本人に悪意もなければ他人を誹謗した訳でもない
妬みや嫉みで誰かを陥れようとした訳でもない…ただ 男の方が勝手
に入れあげて…その身を滅ぼすって感じの」

 お前の言う事は的外れだと笑って返してやりたかったけれど…怖い
のは一部、当てはまってしまうことだ。
大佐本人は望まなくても、あの人が前へ進んでいくためなら全てを
擲っても、その礎になりたいと願う男は少なくない。
…見返りがなくとも、その為に他のものを何もかも捨てなくてはなら
なくなってもだ。

「…俺は自分の恋人が…悪意や恣意で国を滅ぼすような人だとは絶対
思わないけれど…そういう相手とオツキアイする事になったらやっぱ
軽々しく 全部求めちゃ駄目かな?」
 俺の話をどう総合して捉えられたか、あまり深く考えないとしても
揃って返されたのは、その場に居た者達の一斉の頷きと説得。
「ウッカリ全部喰っちゃったら身の破滅になるかもしれんぞ!」
「考え直してください隊長!隊長ならそんな魔性の女じゃなくもっと
お似合いの子がいますっ」

 翌日、仕事が珍しく定時で終わり、食後俺に凭れかかって
にっこり微笑む大佐曰く
「なんだか昨夜から お前のギラギラしている所が少し抜けて…
すごく寛げる」

――それは喰ったら身の破滅の言葉が無意識に、俺から邪気を奪った
のでしょうか いやいや俺は純粋に大佐のことが好きで例え身を滅ぼ
したってそれはそれでアリだと思っているんですが

 無防備に安心して寄りかかってくる恋人を歯牙にかけたい葛藤と、
性急に行為に走るとその身を滅ぼすぞの忠告に挟まれ、俺は尚一層
に悩む破目になるのだった。