青空サボタージュ


 他人を踏み込ませないという雰囲気をいつも纏って、誰彼かまわず
警戒心をむき出しのくせ、心許した者達の前では無防備極まりない
大佐の、本日のサボタージュ場所は屋上更に上に設置された貯水槽
手前の『関係者以外立ち入り禁止』場所。

 壁に直接埋め込まれた楔っぽい金属製の簡易梯子を昇って、腰まで
の位置の金網を周囲に巡らされたその場所は、大佐探索なんてお役目
がなければ多分一生縁がなかっただろう。
 高い場所は嫌いじゃないけれど、心理的に「関係者以外」看板は
そこが禁足地だと戒めるものだから…が理由だけれど、上司探索に
よく利く勘と鼻を利用するならば、大佐が好むのはこういった無意
識な抑制の掛かる場所だと答を弾き出し、覗き込む。

正解、見慣れた青の布地と黒い髪。
「ビンゴ…今日はここか 見つけましたよー大佐」
「ん……」
俺の声が響いたのだろう、転がり目を瞑ったまま大きくノビをした後
喉奥で小さな声を出し、丸くなる上司の姿は猫みたいで微笑ましい。
 …が、今回の俺の任務はこの野良を捉まえて首輪に繋ぐ…ならぬ執
務席にお持ち帰りだという訳で、のほほんと眺めている暇はない。

 屋上出入り口上に設置された貯水槽は、敷地端に在るわけでなく
万が一の事故で転がり落ちてもせいぜい数メートル下であるからか、
念のためといったレベルで貼られた金網も高さは俺の股下程度。
 鍵がついていようとも容易に跨げて、近寄れる。
わざと大佐の顔面辺りに見下ろす俺の影が被さるようにしゃがみこみ
光を遮れば、ぽかぽかの陽気の暖かさが届かぬとばかり大佐は小さな
くしゃみをしてゆっくり瞼を開いた。

「オハヨーゴザイマス」
 陽射しを背にしている俺の表情が、咄嗟には見えないのを承知で
無表情を装って大佐の背中や腰に付いてる砂埃を、ばしばし払う。
「ハボ…?」
「そうですよ 書類ほっぽり出して逃亡し上司探索に駆られた部下
ジャン・ハボック少尉です…さて捕まえた」

 寝惚け眼がきちんと開いて逃亡体勢に入られるより先に、がっちり
腰を抱え込み「逃がしてあげません」と耳朶近くで囁けば、大佐は
「降参してやる 逃げないから離せ」と俺の腕を肘で小突いた。
「…降参してやるって凄い言い草っスね まぁ大佐らしいけど」

「細かいことに拘る男はモテんぞ それより見ろこの空の大きさ」
「どういう話題の逸らし方っスか 大佐の好きな論理性とか話の脈絡
とか全然ないように聞こえますが」
「…まあつまり、だ 高い場所に立って周囲に視界を遮るものはなく
気持ちよい天候で……こういう綺麗な景色をお前と眺められるのは
良いなと思っただけだ ハボックお前とこんな光景を眺めていられる
のは幸せだな」

 にっこりそう言って、青空を背負って笑う大佐は明らかに俺を喜ば
せからかってやろうの意図が透けているのに…チクショウ俺の単純
バカ、口元を緩ませ嬉しくなっているんじゃない。

 せめてもの意趣返し、俺の本心ぶつけてやる。
「確かに気分いい風景っスね でも俺はたとえ目の前が綺麗じゃなく
汚れていても 澱んだ昏い場所でも…大佐と並んで見れるならどんな
場所でも幸せっスよ」

 …勝った!あの饒舌大佐が顔紅くしてそっぽ向いてるよ 可愛いな
どうしようその頬に触れて、ぎゅって抱き締めて、キスしてしまいた
くなっちまった…やっぱり俺の負けなのかも。

 中尉のにっこり説教を一緒にうける覚悟を決めて、俺は大佐の手を
取ってその指先を甘噛みしてみた。
「…もうちょっとここから街を見下ろしていませんか?」と提案して
みれば、大佐は頬を紅くしたままこくりと頷いてくれる。

 ああもう、俺の負けでも何でもいいやこんなに幸せなんだからって
独り言めいて呟けば、「私も幸せだぞ だから引き分けだ」と小さな
答えが返ってきて、もう勝ち負けなんかどうでもよく俺の心は嬉しさ
でいっぱいになってしまった。