わんこの抗議


 裏や影があると周囲の思わせ、重さを背負いたがるアンタはホント
は誰より読みやすく、その素直さを誰にも見せず拘束し、腕の中で
玩びたくなってしまう。

ほら、俺の両掌を壁につけてアンタが罵倒するときに言う『デカイ
図体』を利用して囲い込めば、あっという間に予想通りの困惑と理不尽
な束縛への、抗議の表情。

――なんて判りやすくて、かわいいんだろ
 じんわりと滲んでくる、素の顔を見せてくれてることへの喜び
が唇端を上げさせる。


「貴様 何がおかしい」
ああいいねその強気な表情が、背筋をぞくぞくさせる。
壁に追い込まれて、力だけだったら俺のほうが絶対的に有利で、色々
普通だったら怯えるところだろうに、興奮した飼い犬にじゃれつかれ
てる程度にしか捉えていない、俺への安心と危機感のなさ。

「すみません 大佐に触りたくなりました」
にっこり微笑んでわざと邪気ない顔を作って、耳朶近くで囁けば大佐
の頬は微かに朱に染まった。
「そ…それがこんな事を職場でしでかす理由になるかっ」
「イテテッ 髪の毛引っ張んないで下さいよ」
「うるさいっ とっととどけ!」
自力で脱出してみろと揶揄したら、きっと本気で腹を立て蹴りの一つ
も入れてくるだろうけど…それよりは毛ェ逆立てた仔猫みたいなこの
表情を楽しみたい。

「じゃあ …俺がこの腕をどかしてさしあげますから 大佐自分で
逃げて下さい」
あくまで主導権は俺だと含み笑いで言えば、負けず嫌いの大佐の視線
は一層険しく、俺を睨む。

「なぜ私が逃げねばらなんのだっ お前がどけば問題はない!」
「ああ大佐力ないですもんね 緩めただけじゃ無理っスか?じゃあ
ホラこっち外してあげますから」
 ゆっくりと片手を下ろし、かわりに掌だけをついて支えていた重心
を移して、壁に肘をつくようにすれば俺と大佐の体は密着する。

「わ…私が逃げる必要などない!」

 せっかく逃げ道までつくって差し上げたのに。
俺を挑発するばかりで、逃げようとしないアンタが悪い。
自分勝手な理屈に、腹の中でほんの少しゴメンナサイと唱えつつ、
無理やり重ねた唇は、柔らかく甘かった。