愛と嫌がらせのフレンチトースト



 今日は休みだから、溜まっている本を読むのだと嬉々とした大佐が
部屋に篭もって既に三時間。
 朝飯を用意したといっても出てこない大佐に焦れて、強引に部屋に
踏み込んでメシ食べないんだったらこれ返してあげませんと本を取り
上げると、大佐はようやく渋々といった様子で俺に付いて来た。

 食卓にはついたけれど、開いたページから顔も上げずに耽読してる
大佐は機械的に手を動かしているようにしか見れない。
―ねえ、ちょっとはコッチを見てよ。今日は俺も休みで時間があった
から大佐の好きなフレンチトーストにしてみたし、軽く煮含めた林檎
だって添えてるし、サラダのドレッシングだってわざわざガーリック
を少し擦り下ろしたり、粒胡椒を挽いてといつもより少し手間をかけ
ているってのに。
そんな想いを込めて視線を送ってみても、下を向いたままの大佐は
当然気づかずスルー。


 本当なら作り笑顔の裏で警戒心の塊のこの人が、一人ゆったりして
いる時間に俺を踏み込ませてくれているってだけで、満足するべき
なのかもしれないけれど。 イチャイチャベタベタしたいとは言わ
ないし――いやできるならしてみたいけど――この人相手じゃかなり
難しい夢だと理解してるんだから、そんなに無茶は言っていない筈。

 せめてもの虚しい抵抗で、本を読むなら部屋に帰らないでここで
読んでくださいねと言えば、『ん』と短い生返事。
…ちゃんと聞いて返事してるか、これ?

「大佐 フレンチトーストお替り食べます?」
「…ん」
「さっきの倍食べますね?」
「…うん」
回答確定、確実なまでに聞いてません。
「…大佐が食べるって言ったんスからね?もし食べれないなんて言っ
たらフレンチトーストの残ってる原液にその本漬けて焼くっスよ」
「…んー…」

 ムカついたので二倍どころか三倍の量のパンを焼き、わざと強めの
音をさせて、大佐の前にこんもりフレンチトーストが盛られた大皿を
置く。カタンッという音にようやく顔を上げた大佐は、自分の前に
ある皿に絶句した。

「…なんだこの量は」
「大佐が食べるって言ったんスよ」
駄目押しとばかり、指で数センチ大佐の前に皿を押しやると今度は
俺に視線が向けられる。
「あの…だな…ハボック…?」
「何スか」
「これは…その…私の皿か?」
「ええ 大佐がおかわり食べるって言ったんで」
「言った…か…?しかしこの量は…」
「俺食べ物を無駄にするの嫌いだから、おかわりしますかって確認
取りました 大佐が食べれないなんて言うならその本焼きますよって
言ったら同意してました」

 慌てて本を自分の背中側に隠した大佐は、俺がわざと量を増やして
焼いてることにも気づいてないみたいだから、本気で会話を総スルー
していたんだろう。
「きちんと綺麗に食べてくださいね」
 ニッコリ笑ってる俺の顔を見た大佐は『コイツは本気で貴重な本で
あろうと 容赦なくフレンチトーストにしかねん』と感じたのだろう
慌てた様子で、フォークを手にしてまだ湯気を立ててるトーストを
一口頬張った。

「…リンゴの味がする…?」
「ああ さっきリンゴは食べてなくなっちゃったけど蜜煮の汁だけ
残ってたんでシロップ代わりにかけてみたんスよ」
「そうか…お前の作ってくれる食事は いつも美味いな」
 …さっきその一言くれりゃ、俺だってここまで意地悪しなかった
のに。今更そんな事言ってくるなんて、アンタちょっとズルイ。
…駄目だ、大佐の一言で頬が自然に緩んできちまう俺ってどんだけ
安上がりな性格だ。

 ちょっと困らせたかっただけで、大佐に苦しい思いをさせたい訳
じゃない。なにかフォローしないと、…多分この人謝るよりは意地で
食べ続ける方選びそうだし、どうしよう。

「…ねえ大佐 せっかく休みが重なったのに一人部屋に閉じ篭られる
と俺ちょっと寂しいんスけど」
「そうかすまなかった 休日はつい独りで過ごすのに慣れてしまって
いたからお前をないがしろにしてしまっていたな」
――たまに、この人は拍子抜けしてしまうほど素直だ。
「…じゃあ 本を読むなとはいいませんからせめて居間とか どっか
俺が横に居られる場所にしてくれませんか」
「わかった」

 そこでコクリと頷いて大佐はまた一口、トーストを頬張った。
…美味しいって言ってくれてるものは、やっぱ美味しいと思ったまま
で終わって欲しいよな、うん。
「ねえ大佐 丁度それでパンが切れちゃって俺まだ食い足らないんス
なんかもう腹いっぱいみたいだし残り俺にくれません?」
「…いいのか?」
「無駄にする訳じゃないからいいんです …大佐の本焼いたりしない
っスから安心して」
「ああ ありがとう 実は白状するが既に腹が少々苦しかったんだ…
だが美味かったぞ」
「はい」
 皿を受け取った俺に、大佐が軽く頭を下げたのは俺の行動の原因を
きちんと察しているからだろう。

 一緒の部屋で過ごせる以上は望まなかったけれど、洗い物を終えた
俺が居間に座って、趣味の月刊誌を読んでいるといつのまにか大佐が
背中に寄って、寝っ転がりくっついてきた。
何だか人になかなか懐かない、誇り高い猫系の獣が俺の傍を安全圏と
認識してくれているようで、くすぐったい嬉しさが沸いてくる。

 まあたまには…たまにして下さいよ大佐、頼むから…こういう休日
も悪くはないかと、俺がページをめくるのとほぼ同時、大佐のページ
をめくる音が重なって、それだけでまた嬉しくなったのだから俺は
自分がつくづく安上がりだと、少し笑った。