温かくて、居心地の良い場所。 元々の性格か、その後の人と穏和的でなく相対する環境のせいかは 計れぬが、現在の私は人と精神的にも身体的にも触れあうといった形で のコミュニケーションを得意としていない…正確には忌避すらしている といっていいレベルだろう。 そんな私と丁度良い距離を保ってくれているのが、ホークアイ中尉だ。 彼女のこちらの中身を踏まえたうえでの、先読みをしてくれる私への扱い は日頃から大変助かっているし、男女を越えた人格として、感謝しながら 尊敬をもしている。 そして私が作る壁を乗り越えてくれたのは、二名。 (ホークアイ中尉は勿論近しい存在の一人だが、女性であることと、師の娘 であったことから、はねつける行為はしなかったつもりだ) 人付き合いが鬱陶しいから、陽気に向かわれようと悪意なく接せられようと ひたすら無難に、面倒だから敵にはならぬ程度に応じていたにも関わらず ヒューズとハボックは、私とそんな表面的だけの愛想を…下手すれば冷淡な 切捨てを、片方は見抜いた上で…もう片方は気付いていたのかいなかった のか、頓着せぬまま接してきて、今ではもっとも近しい距離にいる。 近しいという意味は、心の意味でもを含むがこの場合実質的な距離も 含んでいる。 ヒューズとは、互いに意識しあう前に…いや意識をしても、何かが邪魔を するかのように微妙にどこかで食い違い、彼が運命の女性と出合ったおかげ で友人のまま終わった。 今、まどろむ私の頭部下にあるのは枕よりは少し硬い、鍛えられ引き締まった 筋肉質な腕。 異性が相手であっても、血脈が圧迫され身動きが取れぬ腕枕という行為 は、睡眠の妨げでしかなく歓迎したくない行為であったのに。 なぜか今、同性のハボックにされている腕枕は同じ条件を味わわせてしま い、やはり身動きがとれず安泰な睡眠の邪魔ではあるし、同性として腕枕 のもたらす害悪を承知の分、本来であれば恐縮して外させるべきであるの にも関わらず、この腕の中の温かさのおかげで、離れることができやしない。 守られていると、虚勢を張る自分を作る必要がないと、世界中のどこ よりくつろげ、安心できる場所。 カーテン越しに差し込んでくる光のせいで、瞼裏がすこし白み始めるが 幸いにも今日は休日だ。 起きるでもなく、深い眠りに戻るでなくこの温かい場所でうとうとと うたた寝を安心して貪れる至福は、何物にも代えがたい。 肌先で感じる存在の確実さがもっと欲しくなり、ハボックの胸元に身を 縮ませ擦り寄ると背中側に伸びた腕に、ぎゅっと抱き締められると同時 頭上で低い、溜息が洩れ聞こえた。 「あーもう安心しきってくれてるのは嬉しいんだけど…その無防備な顔で 擦り寄ってくるって拷問っスよ…このまま手ェ出したら……やっぱ蹴り 飛ばされるかなあ…」 ――吐息に混じり、なにやら不穏な押さえた声も聞こえるのだが。 …気のせいだ、今の私の安眠をこいつが邪魔するはずない…ないだろう… 多分ないと信じているぞ。 世界一安全で、世界一居心地の良いこの場所は、同時に世界一ある意味で 危険な場所であったことを思い出した私は、頭上の言葉を聞かなかったこと にして再び睡魔の誘惑に、身を委ねた。 |