偏り愛情表現


顔立ちだって悪くない…むしろ上々の部類だと思うし、優男の方が
好まれる風潮はあっても、背が高く頼りがいのある体躯というのは普通
に好まれる条件であるはずだ。

…なのに、このジャン・ハボック少尉という男が、女性からフラれ
やすいというのはやはり性格に何か含まれている所があるのだろう。

冷静に目の前の男の分析などをしてしまうのは、書類をすぐ受け取り
たいからという名目で、私が作業をしているのを高い位置からハボック
がじっと見下ろしているからだ。
別に疚しいことをしている訳ではないし、けしてハボックを疎ましいと
思っている訳でもないが、行動全てを凝視されているというのはどうも
息が詰まって仕方がない。

必ずきちんとやり遂げて、お前のところに持っていくからと告げようと
顔をあげ、じっと自分を見詰める蒼い双眸と眼が合うと…どうも流石に
私とて、普段の行動に自覚があるから告げにくい。

いやしかし、私とてやる時はやるからここまで出世できたのだぞ?
一度引き受けたのならば責任を持つから、安心しろとハボックを見上げ
言えば、返されたのは何やら不可解な表情だった。

「…俺が邪魔ってことっスか?」
煙草のせいか、かすれぎみの低い声。

邪魔も何も、個人執務室に篭もっているならばともかく今は大部屋で
お前の自席でも監視がきくだろうに。
だがそう返そうと顔を上げれば飼い主に『今忙しいからアッチに行け』
と言われてしまった大型犬のようにハボックの眉尻が下がっていて、職
務に忠実であろうとしている者のやる気を削ぐ発言をしてしまったか、
上司として反省せねばならんなと心に浮かぶ。

日頃の私への態度は生意気だし、上司を上司とも思っていない発言を
するし、偉そうだしという指折りで欠点を数えられる部下だが、能力は
あるのは確かだし無礼と引き換えに、きちんと命じられた以上の職務を
果たすこともできる貴重な部下だ。一応フォローを入れておこう。

「いや そうではなく…お前も嫌いな上司の横に立ちっぱなしは疲れる
だろう 席に座っててもいいぞと……」
「嫌いって?」
言い連ねる私の台詞の合間に、割って入ったハボックの声。
今度は僅かに傾げられた首で、疑問の意志だとはっきり解る。…解るが
何故今更首を傾げるのかが、私にはわからない。
「その口振りだとまるで私を好きかのようだな」
「好きですよ」

さらりと返された言葉に、思わず私のほうが赤面してしまう。
「ハ ハハハ そ、そうかではお前が先ほど私凝視していたのは愛ゆえ
の行為だったのだな 魅力的な上役というのは困ったものだな」
「ええ」

 冗談には冗談で返してやったのに、ハボックの顔は真面目なままだ。
「いや、その、お前の普段の態度がぶっきらぼうなので気づかなかったぞ
好きなら普段から態度で示しておけ いいな?」

少々癪に障るが、上回る切り返しが思いつかなかった私が提言めいてこう
言えば、ハボックはそのまま後ろへと振り返った。
「なあ みんな 大佐もこう言ってるから 今日からそうして良いか?」
ハボックのどこか暢気な問い掛けに、間髪いれず激しく返される否定。
「やめて下さい!」
「そうです 業務に差障り出ます」
「やめろ そんな光景職場で見たくないっ!」
 ほぼ同時に飛んだ叫びは、ヒュリー、ファルマン、ブレダの順だ。

「……お前達…?」
「大佐っ 考え直してください!こいつの愛情表現は心底鬱陶しいですよ」
「あっヒデェ」
「お前が条件悪くないのにフラれまくってる第一の原因はそれだろうがよ
…あんなの目の前でやられたら 心底ウザい!」
「すみません 少尉のノロケを聞かされると仕事に差障が出るんです」
ロイへと訴えてくる部下たちの表情は真剣だった。

「…こんな風に言われるから 俺としては自制に努めてたんスけどね俺が
そういう態度じゃ大佐を困らせちまうと思って」
苦笑するハボックの言葉が、まだ脳裏に浸透しない。…ブレダやファルマ
ン、ヒュリーまでが口を揃えてハボックが私への愛情表現を慎めと言う
という事は……すなわちコイツは私を好きだと言うこと……か?

「大佐 たいさぁー?」
 ハボックが私の眼前で、大きな掌をひらひらと舞わせるがそれに対して
何か反応する余裕なぞ、今の私には欠片もなかった。
「……えーっと……お前は ひょっとして私が好きなのか?」
「…この状態でまだ気付けないってある意味凄いっスね」

 笑いを含んだ青い目に含まれている、真摯な光は本物のようだ。
ハボックがフラれやすい原因は、周囲が反応する過度の愛情表現とやら
なのだろうかと、ぼんやりどこか現実逃避をした脳裏で見直すしか、今は
動けそうにない。ここは上司として上手く切り返さなければと迷う私の頭上
で低い声が、一言甘く囁いた。

「好きですよ」
逃げ道のない告白は、圧倒的な支配力で私の心まで染み透る。
普段犬みたいな人懐っこさを見せてるくせに、誰から構わず愛想良いくせに
なんだその余裕は。
やっぱり、どうしてもコイツがふられやすいという原因が理解できぬ私は
ハボック少尉とオツキアイとやらをしてみて、自分でその理由を探求してみる
べきかとの葛藤に揺れてしまっていた。