縁(ヨスガ)


傍らに立っていたハボックが、クシャリと空になったタバコの包みを握り潰した
音で、ロイは顔をあげた。
掌のゴミを、見事なコントロールで屑籠におさめたハボックがそのまま執務室か
ら立ち去ろうとしたのを見たロイの顔は、無表情に強張る。
「…何処へ行くのかね ハボック少尉」
「あ、ヤニが切れたんで 休憩時間ついでに買って来ようかと」
「…そうか」

ついでにコーヒーでも淹れてきますよとつげようとしたハボックは、短く答えた
ロイの手先がかすかに震えているのに気付き、口をつぐんだ。

「…あー今日は忙しいんスよね?煙草買ってきてくれなんて俺が誰かに頼んだら
職権乱用になっちまうかな」
わざとらしい一人ごとめいたハボックのセリフに、ロイはようやく強張りを解き
大仰といっていい動作で、手を机に付いて立ち上がった。
「そ、そうだな 今日は忙しいからハボックは出歩かないでここにいろ …お前
からは頼みづらいだろうから 私から頼んでやろう」

少し早口のロイの言葉は、矛盾極まりない。
忙しいと言いつつ、ずっとロイの傍らにいるハボックは居るだけで、なにもして
いないのだから。
いや、正確には来客用であるソファーでニュースペーパーを読んだり、煙草を吸
ったりと下士官にあるまじき行いならば繰り返してはいたのだが。

開いた扉越しにロイが気前よく全員分のランチボックスの購入ついでに、ハボッ
クの煙草を買ってきてくれるようフュリーに依頼する声が聞こえた。

聞こえてくる快活を装ったロイの声に、ハボックは眉を顰めた。
――以前であれば、むしろ独りを好む人だった。
だがそれが一転したのは、親友であるヒューズがなくなってからだ。
ヒューズの名前を繰り返し呼ぶ、悲痛な叫びは一切の情報がない他の者に
も電話越しの不幸な状況を連想させるには充分で、実際その事件は完膚
なきまでにロイを叩きのめした。

 それでも傍から見ている限り、時折浮かぶ哀しげな表情以外ではロイは
立ち直ったかのように見えていたのだが…どこへ行くにも、何をするにし
てもハボックを身近から離さなくなったのだ。

「中尉は…気付いてんだろうなあ…」
ぼそりと呟き、後頭部を掻くハボックは他の者には現在のロイの状態を
知られていないだろう自信があった。
会話も平常にこなすし、ロイのハボックを離さない言い訳も業務や日頃の
勤務形態と照らし合わせても無理ないもので、少し疲れた様子なのは
状況を考えれば当然だから、ブレダ達も怪訝に思わぬだろう。

だが、家へと戻り送迎だけの筈のハボックが自宅へ帰ろうとすると、ロイ
は極端なまでに蒼ざめ、震え始める。

そこで居丈高に「帰るな」と命令をしてくるのであれば、心細さもあるの
だろうと苦笑して、ハボックは仰せの通りにと従えるがロイは唇を噛み
懸命に「残ってくれ」の言葉を飲み込もうとする。

 結局、目が離せなくて抛っておけなくて口実を探し残る理由を探して
しまうのはハボックの方で、…ひょっとしたらロイ自身も自分の異変を
察していないかもしれないと、ハボックは吐息した。

 穏やかに眠っているかと思えば、苦しげな嗚咽を洩らし涙で頬を濡らす
姿を見てしまった今となっては、夜を過ごす寝室ですら一緒だ。
魘されるロイを宥め、抱き締め背中をさすり今アンタが見ていたのは悪夢
だから大丈夫だと繰り返し告げると、ロイは幼子の表情で再びまどろみ
に落ちていく。
癒せるものなら癒してやりたいと願う反面、ぎゅっと縋ってくるロイを
どうしようもなく愛おしくて、誰も毅いこの人のこんな姿を知らないのだ
と独占欲が満たされるのを、ハボックは自覚していた。
 
 ほんの僅か離れていただけにも関わらず、小走りに戻ってきたロイが
安堵したように微笑むのを見たハボックは、ロイの肩を抱き寄せる。
「つけこむ積もりはなかったんスけどね…アンタが欲しがってくれるなら
…全部上げますよ」
 ハボックの囁きが聞こえたのか聞こえなかったのか、ロイは嬉しげな
表情のまま大人しく抱き締められていた。


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ちょっとヤンデレの入ってしまった二人なハボロイ