冗談のふり/オマケ


強引に扉外に追い出されて、俺はしばらく書類を抱えたままそこに
佇んでいた。
――えーっと、あれを、客観的に、解釈するなら……大佐は故意に
邪魔をしていた…んでもって、それは………

「おぅワン公 でけぇ図体で何立ちふさがってんだ」
聞き覚えのある気安い声に顔を上げると、四角メガネの馴染みある
中佐が、指を二本立て額の前でふると言う挨拶で笑っていた。
「ヒューズ中佐…あれ?こっち来るの明日って聞いてましたけど?」
「明日の早めのチケットが取れなかったんだよ だから今日来てみたら
まだロイ司令部にいるっつーからさ」

メシでも誘おうかと寄ったというヒューズ中佐は、親指を立てた拳で
大佐の個人執務室を指し、存在を確認した。
「…で、お前はそんな所に何でつったってんの」
「あー…いや ちょっと大佐に追い出されまして……」
ヤバいと思ったのは、俺の台詞を聞いた瞬間の中佐の反応だ。

メガネの奥がキラリと光ったように見えたのは、気のせいじゃない。
「ほぅ 何しでかした?」
「俺は何もしてないっスよっ むしろされてたっつーか…いや俺にも
よくわかんないっつーか……」

「よし 予定変更 奢ってやるからお前メシつきあえ」
「ええっ!?俺が中佐とメシ?」
いやいやちょっと待ってくれ 上官としては、親しい口調を許して
くれてる人だし、ぶっちゃけ話も面白がってノッてくれる人だけど
…だからって二人でメシを食いにいっても、会話に困るだけだろう?

俺の反抗は、ささやかなもので、口中でもごもご言っているうちに
首根っこを抱え込まれ、書類提出が終わると司令部から少し距離ある
飲み屋へと連れ込まれていた。
ボックスごとに仕切りのあるここは、個人的密談をしやすい程度の
距離とざわめきがある。
「…で?」
「で、と言われましても…」
「じゃあ質問形式に変えてやるか まずお前は何でロイに 追い
出されたんだ?」
「はあ…何か俺がデートすると、大佐と偶然会ってぶち壊されること
が多いんで……俺が好きで大佐邪魔してるんでしょって言ったら…
いや、もちろん冗談だったんスよ!?」
「ハッハハ 図星当てられて逆上したかロイの奴」

盛大に吹き出した中佐の言葉に、俺が固まる。
「……えっ……中佐、図星って……」
「お前の言葉、その通りだってことだよ」
ビールを片手に、ウィンクする姿が決まっている。

「ちょっ…!何面白そうな顔してるんスか!?止めないんスかっ
怒りましょうよ俺の親友をそんな目でみるなって! 大佐そういう
対象に見られるの大嫌いじゃないっスか」
「うわぁ…何お前マゾ?上官に怒られてゾクゾクするタイプ?
そんなツバつきそうな勢いで、怒れとか怒鳴るなよ」
「どっちかっつーとサドですよっ!いやそうじゃなくてっ!!」

……SとかM以前に、目の前のこの人は敵に廻しちゃいけない俺の
知ってる人ベスト3に、絶対入る。
実はこの笑顔の裏で怒っているのか?俺をからかって遊んでいるのか
と脳裏で色んな疑問が渦巻くが、…ニヤニヤした表情に、とりあえず
悪意はない…ように見える…けどわかんないのがこの人なんだよな。

「怒んねーよ 俺はロイが好きで ロイのことを大事にしてる奴は
大抵好きなんだから」

ああ、この人は本当に大佐のことを大事に思ってるんだ。
俺には絶対いえないような気恥ずかしいような台詞も、サマになって
漢気を感じさせ………
――え?

存在を認識するより早く、青い軍服が中佐の後ろに走り寄ったと思う
と、丸めたニュースペーパーで盛大に中佐の頭を叩く音が響いた。
「ヒュッ…ヒュッ……ヒュ ヒューズ!お前っ余計なことはっ!!」

顔を真っ赤に丸めた新聞を抱えて、肩で息をしているのは、噂の当人
だった。
この都市で軍服は見慣れたものではあるけれど、酒場で見かける事は
まずない。

「あらんロイちゃん 何でここに?」
「お前をっ司令部で見かけたという奴がいてっ」
「おおーっそれだけの情報でここにたどり着いたかー それって
やっぱ愛のち・か・ら?」

『愛』の部分で、ヒューズ中佐の視線が少しこちらに向いていたのは
…俺を巻き込んでやろうの意図だろうか。

大佐に首後ろの襟を掴まれ、ズルズル引きずられていく中佐は、笑い
ながら俺にじゃあなと手を振って、そのまま消えて行った。
とりあえず、俺の目前の問題は……奢るといってくれた中佐の言葉を
信じたせいで、財布の中身が心配だということだ。
一応小銭用の財布はロッカールームに入れておいたので文無しでは
ないけれど、本財布は、仕事場のイスに掛けられたコートの中。

これが片付いたら、家でゆっくり大佐と中佐の言動を色々検討したい
と思う。
それには、大佐の困った顔や赤い顔がひどく可愛く見えて俺を困惑
させたことも、あわせて考える必要がありそうだった。


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続きをのお言葉を頂いたので、ハボサイドで(笑)